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第98話 暗闇で光を一筋

灰谷と二人でコンビニに向かう。 「コンビニで一番高いのって何かな?あ、アマゾンの商品券か?」 「何買おうとしてんの?」 「いや、一個っていうから」 「じゃあ三百円以下な」 「ズルイわ~」 「お?灰谷、こっちだぞ」 「いや、ちょっとブラブラしようぜ。それにそっちじゃなくて、こっちのコンビニ行きたいオレ」 そこは城島さんと初めて会ったコンビニだった。 顔を合わせるのはちょっと……。 「そっち結構歩くじゃん。暑いし近く行ってサクッと帰ろう」 「あっちのアメリカンドッグ食いたい」 「こっちにも売ってるだろ」 「いや、アメリカンドッグはあっちだろ。オマエが言ったんじゃん」 「ん~」 大丈夫かな。万に一つも会ったりしねえかな。 灰谷とブラブラ歩く夏の宵。 こういうのも久しぶりか。 コンビニに城島さんはいなかった。ホッ。 ガサガサお菓子やジュースやアイスやらを買いこむ。 「お~い、どこ行くんだよ」 店を出ると灰谷は家とは反対の方向に歩き出した。 「ちょっとブラブラしたい」 「アイス溶けるぞ」 「近くに公園あったよな」 「アイス溶けるって。食べながら帰ろうぜ」 「まあそう急ぐな」 公園ね。まさしく城島さんと行ったコース。 んで公園のベンチ。 城島さんはいなかった。 良かった。 ベンチに腰かけ、灰谷と二人並んでアイスをかじる。 なんでだか二人とも黙っていた。 ――暑い。 城島さんは今もあの部屋にいるのかな。 ふう~。 ため息がもれた。 「真島、オレさ」 「おう」 「明日美と別れた」 「え?」 オレはビックリした。 「え?え?なんで?」 「ん~まあ、なんて言うか。オレが愛想をつかされたというか」 「……オレのせい?」 「は?なんでオマエのせい?」 「明日美ちゃんと結衣ちゃん親友じゃん。オレが……」 「それ、昼も言ってたけど、カンケーねーよ」 「灰谷」 「あ~女ってホントめんどくせえ」 灰谷はオレを見てニッと笑った。 「今度は真島がオレにタカユキしてくれ」 「……おう」 「帰るか」 「おう」 灰谷が明日美ちゃんと別れた……。 「つうかオマエ、あの部屋に二人って寝れんの?」 「え?泊まるつもり?」 「うん」 灰谷が明日美ちゃんと別れた……。 「ムリだろ。帰れよ」 「いや、めんどくせえし」 「いやいや。二人はムリだろ」 灰谷が明日美ちゃんと別れた……。 「じゃあどうすんだよ」 「って灰谷、うち、そっちじゃないし」 「行きと違う道で帰ろうぜ」 「何それ。遠回りじゃん」 「のんびりブラブラして帰ろうって」 灰谷は住宅街をずんずん進んでいく。 「夏のニオイがするな」 「ああ。草のニオイかな?」 灰谷は振り返ってニヤリとしながら言った。 「若いオスのニオイ?」 「汗臭いの間違いだろ」 灰谷は自分のカラダをくんくん嗅いで言った。 「あ、ほんとだ。汗臭え。シャワー浴びて~」 灰谷が明日美ちゃんと別れた……。 その言葉が頭の中でぐるぐる回る。 少しだけ前を歩く灰谷の背中を眺める。 若いオスのニオイ? ああ。する。プンプンする。 無意識に誘ってるのか?まさかな。 心がぐらつき始めた。 キッパリとけじめをつけようとしていたのに。 もういいんじゃないかオレ。 今じゃないのか。 告白してフラれて、そこからまた始めればいいんじゃないのか。 あんだけ色んな人傷つけて自分だけ傷つかないようにってそれ、ダメなんじゃねえか? 灰谷。 灰谷。 灰谷。 オレ……。 「灰谷」 「あ?」 灰谷が振り返った。 「オレ……オレさ……」 その時、城島さんのアパートが目に入った。 「いや、なんでもない」 灰谷は首をひねると「変なヤツ」とつぶやいた。 アパートの前を通りすぎる時、オレはさりげなくポストに目を走らせる。 『城島』の表札がなくなっていた。 思わず足を止める。 二階の一番奥の部屋には明かりも点いていなかった。 城島さん、もういない? そうか、出て行ったんだ。 公園のベンチで会ったあの人が迎えに来たのかな。 だといい。そうだといい。 そうだと思いたい。 城島さん。あなたの本当の名前も知らないけど。 どうか幸せに。 どこかで笑っていてくれますように。 「おい、真島。どうした?」 前を歩いていた灰谷が足を止めて聞いた。 「おう」 オレは走り寄る。 「どうした。なんかあった?」 「いや、なんでもない」 「あそこ、なんかあんの」 「いや、別に」 オレは暗闇で光を一筋、見た思いがした。

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