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第106話 オムライスと中田の洞察力

「ホントに連絡つかないの真島?」 ガツガツとステーキ肉に食いついていた佐藤が口元についたステーキソースをぬぐいながら言った。 「ああ」 そっか。ここのオムライスってこのタイプだったか。 卵をスプーンでつつきながら灰谷は答えた。 真島家を後にしてサトナカに電話したら、中田がバイトの給料が出たのでメシをオゴってくれると言う。 ついでに夏休みの課題の事も検討しようというので、いつものファミレスで待ち合わせた。 灰谷が着くと中田と佐藤はすでに来ていた。 面倒だった灰谷はメニューも見ずにオムライスを注文した。 「真島~マジか~?なんだよ一人旅って。しかもチャリで?」 「うん。らしい。節子によれば」 「全国横断の小学生かよ。結衣ちゃんともあんなに仲良さそうだったのにフラれたとか言うし。失恋旅行か」 「そんな乙女じゃないだろ」 とんかつ御膳の豚汁に七味をこれでもかと振りながら中田が言う。 真島は結衣との別れの理由を自分がイチャイチャしすぎて引かれてフラれた、という事にしていた。 「あ~じゃあやっぱあれか、学校でみんなにバラされちゃったのが……」 「かもな、仲良くしてたツレに、『そんなの簡単に受け入れられねえよ~』とか言われちゃったしな」 「グッ……それはオマエ……」 「冗談だって。そこは気にしねえよ真島は。な、灰谷」 おそらく杏子経由で明日美や結衣との件をいろいろ聞いているだろうに中田はそんな事をおくびにも出さなかった。 「うん」 「だよなあ。んもう~中田のイケズ~。なんか心当たりないの灰谷」 『……灰っ…谷……灰……谷ぃ…』 真島の部屋の前で聞いたくぐもるような湿った声が灰谷の頭の中でリフレインした。 「……ない」 「オマエがわかんないんじゃ、オレたちにわかるわけないよな」 「ん~。あ、豚汁うまっ」 灰谷はオムライスをスプーンですくって口に入れた。 「ふわふわ」 「あ?何、灰谷」 「ここんちのふわふわだな、卵」 「ん?」 「ふわふわだしデミグラだし」 「え?それがウマいんじゃん」 「いや、オムライスは薄焼き卵でケチャップだろ」 「昭和」 「そういや真島もそんなこと言ってたな」 それはきっと真島の母、節子の作るオムライスのせいだ。 例えばそれは、母が仕事で授業参観に来れなかった時。 飼い始めた猫が病気ですぐに死んでしまった時。 中学生まで続けていたサッカーを膝を痛めてできなくなった時。 そんな時決まって『オムライス食おうぜ灰谷』、真島はそう言って灰谷を家に引っ張っていった。 節子の作るオムライスはいつも薄焼き卵にケチャップだった。 『オマエ、オムライス好きだよな』と真島はよく言う。 でも多分、オムライスが好きなのは真島の方だ、と灰谷は思う。 真島は本当に美味しそうにオムライスを食べる。 それをいつも見ているから。 だから、オレも好きになった。 真島……。 灰谷はオムライスをほおばった。 食後はコーヒーを飲みながら課題の作戦会議。 「つうか、真島あいつ課題持っていってると思う?」 「持ってかねえだろ」 「だよな。丸投げか~逃げたな真島のやつ」 逃げた。 逃げたのか。 何から? オレから? すべてから? ん~。 どうにもすべての言葉を真島に結びつけてしまう灰谷がいた。 「まあいいじゃねえか。オレもバイト終わったし、三人でやればチョロいって」 中田の言葉に佐藤が神妙な顔をして聞く。 「前から思ってたけど中田はなんだかんだ言って真島に甘いよな。なんでだ?」 「なんで?なんでだろう。あいつカワイイじゃん」 「な、中田。もしやオマエも真島のトリコに。魔性!魔性のゲイ?いやバイ?」 「ちげえよ。あ、ちがわないか」 「マジで?」 「いやさ、あいつ、この間も教室であんな事バラされても煽ったりタンカ切ったり。肝が座ってるじゃん。あんな事するヤツなんてサイテーだしさ。オレ、スカッとした」 「オレはひやひやしたよ」 灰谷は驚いた。 そして、あんな事するヤツらをまともに相手にする事ないのにと思った。 でも、昔からそうだがああいう事するヤツを生理的に受け付けない、そういう所が真島にはある。 それに……。 そう。もうきっと、ウソをつく自分をオレに、オレ達に見せたくなかったんだろう。 そうも思った。 「かと思えばなんか繊細でさ、いっつもグルグル考えて狭いとこ自分で入りこんで周りが見えなくなってたりとかもするし」 「そっか~?そんなとこあるか?」 言われてみればそういう所、あるかもしれない。 中田の分析に灰谷は感心する。 「他人なんて興味ねえ~みたいな顔してるけど、実は人のことちゃんと見てるし優しいじゃん」 「うん。真島は優しいよ。マックおごってくれるし」 「そのアンバランスさが面白いって言うか」 「そういうのをトリコっていうんじゃねえの」 「そうかな。ならそうかもな。な、灰谷」 オマエもそうだろと言われているようだった。 中田の方こそ真島の事をよく見てるしわかってる。 案外近くにいすぎるオレより、真島の事が見えてるのかもしれない、と灰谷は思った。 「おい灰谷~」 「ん?」 「つうかさ、真島、いくらなんでも始業式までには戻ってくんだろ」 「ああ。節子もそんなこと言ってた」 「んじゃあさ、中田が言うように課題はオレたちで頑張ろうぜ。あいつも色々あったしさ。きっと一人になる時間が必要なんだよ」 「だな」 なんだかんだ言ってもオレたちは真島には甘いのだった。 得意科目に合わせて課題を割り振った。 「んじゃ、帰るわ」 「あれ?なに灰谷、ここでやってかねえの?明日美ちゃん?」 「いや」 「またみんなで集まりたいよな。あ~でも真島、結衣ちゃんと別れちゃったし、みんなではムリか」 「オレ、明日美と別れたわ」 さらりと言って灰谷は立ち上がった。 「中田、今日はゴチな」 「おう」 「ええ~っ!別れたって灰谷!明日美ちゃんと?」 「うん。んじゃな」 「ちょっと灰谷、なんだそれ。詳細をくわしく。ってうわ~コーヒーこぼした」 「佐藤、オマエあせりすぎ」 「だって明日美ちゃん、うわ~教科書……」 「いいから拭け。灰谷」 灰谷の背中に中田が声をかけた。 「ん?」 灰谷は立ち止まり振り返った。 「あんま心配すんなよ真島の事。すぐ帰って来るんだから」 「おう。してないよ心配なんて」 「なら、いい。じゃなお疲れ~」 「ウィ~」 「ちょっ、灰谷、詳細~」 「いいから佐藤。オマエは座れ。それ終わったらデザート食べていいから」 「ホントに?」 「ホントホント。まあでも、真島っつうか、実はマジハイ見てるのが楽しいんだけどなオレは」 中田は一人、つぶやいた。

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