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第119話 坂道

「じ~ごく、地獄、楽しい地獄~じ~ごく地獄~」 オレは小さな声で歌いながら自転車を漕ぐ。 心が決まったせいか、ペダルも軽い。 あっという間に商店街にたどり着き、吉牛で牛丼大盛り卵キムチ付きをモリモリ食べた。 うまかった! またチャリチャリ漕ぎ続けてあの坂。 あの夏、中学生のあの日、ケンカした灰谷と二人、自転車を押しながら上ったあの坂。 緩やかな長い坂にたどり着く。 さっきまでのペダルの軽さはどこへやら。 ズシリと疲労が押し寄せる。 途中から自転車を下り、押しながらゆっくりゆっくりと上る。 「灰谷……あのな」 『なんだよ』 オレの中にいる中学生の灰谷がオレを見つめる。 「オレ、オマエとこうして二人、ヘロヘロで坂を上ってるのが楽しい」 『ヘンなやつ』 「そう、オレ、ヘンなんだよ」 『まあ、真島がヘンなのは今に始まった事じゃないからな』 「そんな事ねえわ」 『あるわ』 「ないわ」 中学生のあいつならこう言うだろう。 そして、こんな風に続けたかも知れない。 『まあオレも……楽しいわ』 「オマエもヘンだからな」 『まあ、そうだな』 「納得すんのかよ」 『まあ、ヘン同士。がんばろうぜ」 「おう。もうちょっとだぜ。がんばろう」 『おう』 日が暮れてきた。 「あっちぃ~」 汗ダラダラ。 でも、この坂を上れば、上りきれば、そこは……。 そう。 急な長い下り坂。 「下までブレーキをかけずに行こうぜ」 『おう』 オレはサドルに腰掛けて息を吸いこむ。 目には見えない灰谷と一瞬目を合わせ、せーの。 そりゃっ。 景色が流れ始める。 耳元で風がヒューヒューと音をたてる。 ガタガタと揺れる自転車の振動がカラダに伝わって来る。 次第に加速して行く自転車。 怖え~。 心臓がバクバクする。 ブレーキに手が伸びそうになるけどグッと耐える。 スピードはマックス。 心臓がむき出しになったみたいでピリピリする。 怖え~。 「行けるか灰谷」 『行くぞ真島』 オレはスピードに身を任せた。 ヒューッ。 風を切り裂いて進む。 速い怖い速い怖い。 うお~~~~。 ふう~。 どうにかこうにかブレーキをかけずに駆け下りる事ができた。 加速にのってペダルに足を置いたまま進む。 しばらくして自転車を止めると振り返り、坂を見た。 「坂すんげえ~。怖え~」 中学生のあの日と変わらずワクワクしてドキドキした。 ここに灰谷がいたらな。 またいつかあいつと、この坂をブレーキをかけずに駆け下りてえな、とオレは思った。

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