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第121話 噂

う~ん。 手強いっていうか、そりゃそうか……。 バイト中、レジに立つ灰谷は腕組みしながら思った。 灰谷があれこれ話しても真島の母節子からバイクOKは出なかった。 危険である(これはまあ当然の事)、真島の性格上バイクの運転が向いているとは思えない、というのが節子の弁だった。 「あの子、子供の頃から意外と注意力散漫なのよね。運転してる時にぽわーんって何か考え始めちゃって、ガッチャーンってなりそうだもの」 真島なら十分ありえる、と思ったら、返す言葉がみつからなかった。 実はバイクも準備できているとは言えない雰囲気だった。 節子とは対象的に「バイク?いいわよ」とすぐにOKを出した母久子からの助け舟を期待したが、よその家の事には口出ししませんといった顔でワインを飲んでいた。 「それより灰谷くん、今度久子さんの彼女もいっしょにみんなで食事しましょうよ」 節子がとんでもない事を言い出した。 「私、腕によりをかけて美味しいもの作るから」 「それいい節子さ~ん。ミネも喜ぶ~」 灰谷が思った通り、節子は久子の話を気持ちよく受け入れてくれたようだった。 それは良かったと思う。 でも、母とその出席の食事会を想像すると……。 どんな顔していればいいのだろう。 でもまあ、三人で会うよりはいいかもしれない。 人数が多い方が。 まあ、そっちはいいとして、バイク、バイクがな~。 ん?あれ……。 休憩中の友樹が店の前で常連客の女子高生三人組に囲まれていた。 そのうち一人は灰谷に、もう一人は真島に告白してきた女子だった。 次は立花なんだろうか。 変わり身早いな。 いやまあ、オレ達はフッたから何も言えないけど。 ん? 友樹と女子達が話しながらチラチラと自分の方を見ているのに灰谷は気がついた。 「灰谷先輩、休憩どうぞ」 女子達から解放されたらしい友樹が灰谷に声を掛けてきた。 「ああ。何あれ?大丈夫だった」 「ああ。なんでもないですよ。ただの噂話です」 「噂?」 「ボク、真島先輩とはまだお会いしてないし」 「真島?真島がなんだって」 友樹の口から出た真島という言葉に灰谷は素早く反応した。 「……あの~最初は灰谷先輩が明日美さんって方と別れたのは本当かって聞かれて」 「ああ」 「聞いてたんで、今彼女はいないみたいですよって言ったんですけど。それでその……」 友樹が口ごもった。 「何?」 「いやあ……その……」 「いいよ。言って」 友樹は言いにくそうに言った。 「真島先輩が…その……ゲイ…で、それも原因なんじゃないかって」 灰谷は固まった。 なんだそれ?どっからそんな話。 「だからボクは最近入ったばっかりでよくわかりませんって言ったんですけど……」 「……」 「それで……その……あと……」 まだあるのかと灰谷は思った。 「あと?」 「いえ……」 灰谷の口調が強かったらしい。 友樹が口ごもった。 「いいよ。言って」 「真島先輩が……女の子を…妊娠させて捨てたってのは本当かとも言ってました」 「……」 灰谷の中に静かに怒りがこみ上げた。 どこのどいつがそんな事。 しかも他校のあの子達が知ってるって事はかなり広まってるって事か? 真島。 これ以上あいつを追いこみたくない。 「……あの、すいません。ボク、よく知らないのにこんな事」 友樹は恐縮している様子だった。 「いや、立花のせいじゃないよ」 灰谷はため息をついた。 「あの~ボク思ったんですけど、裏サイトじゃないですかね?」 恐る恐るといった感じで立花が言った。 「裏サイト?」 「あるんですよそういうのが。各学校にね。そこにある事ない事、誰かが書きこんだんじゃないんですか」 それこそ噂では聞いたことあるけど本当にあるのかそんなもの、と灰谷は思った。 「良かったらボク、探してみましょうか」 「え?」 「得意なんですよ、そういうの探すの。で、この話はデマだって書きこめばいいんじゃないですかね」 裏サイトを探すのが得意。 ただ単にPC関係に詳しいという事だろうか。 灰谷は友樹を見つめた。 純粋に親切心から言っているように見えた。 「いいよ。噂は噂だし過剰に反応するとややこしくなる」 「でも広がっちゃうと大変だし。ウソならウソって…」 「立花、真島がそういうヤツかどうか、一緒に働いて自分の目で確かめてくれ。あいつ、いいヤツだよ。オレが保証する」 「はい。もちろん」 友樹が微笑んだ。 「じゃ、オレ休憩入るわ」 「はい。いってらっしゃい」 バックルームに向かいながら灰谷は教室でアオってタンカを切った真島の姿を思い出した。 まったく。あんな事するから。 中田の言う通り、変なところで肝が座ってるんだよな。 ああ、でもオレも言っちゃったけどな。 思い返せば自分の方がかなりヒドイ事を言っている事に気がついた。 今度の件はオレのアオリのせいかも知れない。 影でコソコソやるようなヤツらが直接手を出して来るとは思えなかった。 ただ人の目は案外キツイ。 もしもの時はオレが……いや、オレ達サトナカハイで真島の事を守らないと。 いや、違う。 真島は守られるのなんてイヤがるだろう。 そう、一緒に戦ってやらねえと。 うん。 灰谷はポケットからスマホを取り出した。 相変わらず既読なし。着信なし。 あいつ、今頃どこで何してるんだろうなあ。 真島が姿を消して何度目だろう、灰谷は思った。

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