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第123話 幸せな夢①

――幸せな夢だった。 今のオレが考えうる、最高に幸せな未来の夢だった。 目覚めた後も、何度も反芻して、現実だったらいいのにと乞い願うような。 それは朝の風景から始まった。 そこはオレの部屋だった。 「おい真島、起きろよ、遅刻するぞ」 「ん~」 布団をかぶってベッドで眠っていたオレ。 灰谷の声が上から降ってくる。 「お~い。オマエ朝イチで会議って言ってたろ」 どうやらオレ達はすでに就職しているらしい。 薄目を開けて布団の中からそっと覗き見ると、すでにスーツに着替えた灰谷が鏡に向かってネクタイをしめている所だった。 細身のスーツをパリッと着こなした灰谷はメチャクチャカッコよかった。 鏡ごしにオレの方をチラリと見て灰谷が言う。 「起きろ真島、遅刻する」 「ん~抱っこ~」 オレはベッドの中から腕をのばしてブラブラさせた。 「アホか、甘えんな」 「灰谷~おんぶ~」 「早く起きて顔洗えって」 「いやだ~」 オレはダダをこねる。 目覚めてから思い出すと赤面なんだけど。 夢の中ではいつもの事らしく……。 「信~灰谷く~ん、ごは~ん」 階下から母ちゃんの声がする。 「んも~毎朝毎朝しょうがねえなあ。一瞬だぞ」 「ん~」 灰谷がしゃがんでオレの前にYシャツで包まれたその広い背中を見せた。 オレはカラダを起こして灰谷の首に腕を巻きつける。 「よいしょっと」 灰谷がオレをおんぶして立ち上がった。 ギュッと腕に力を入れる。 フフフ。 オレの口元が緩む。 灰谷の背中。灰谷の背中。 自転車の後ろでいつも見てた。 見てるだけだった背中がココにある。 あ~気持ちいい~。 頬をこすりつけた。 ニオイを吸い込む。 洗たくしたてのYシャツと灰谷のニオイ。 「ん~落ち着く」 「はあ~よしよし。マコトは重いね~」 棒読みの呆れた声で灰谷はオレのカラダを上下に揺すった。 おばあちゃんが背中の孫をあやすみたいに。 「起きたか?」 「……起きてない」 「起きたろ?」 「……起きたくない」 「落とすぞ」 「やめろ」 オレは腕に力を入れて灰谷の首に巻きついた。 「ホントに落とすぞ。3・2・1」 灰谷は抱えていたオレの足から手を離した。 オレは腕だけで灰谷の首にぶら下がる。 「おーい、首持ってかれる。痛いって」 「う~」 腕限界……。 ドスン。 床に落ちてケツを打った。 「イタタ。マジで落とすな」 「でも、目、覚めただろ」 「ん~」 「おはよ」 オレ達は軽くキスを交わす。 「節子、呼んでるぞ。すんげえ寝グセ」 灰谷がオレの頭をグリグリする。 オレは灰谷の手を取って手の平にキスをする。 「やめろ」 少しテレたような灰谷の顔を見て満足して、オレはあくびをしながら立ち上がる。 「いただきま~す」 スーツ姿のオレと灰谷、そして親父が母ちゃんと食卓を囲んでいる。 オレの実家で四人で暮らしているらしい。 親父が箸を置いた。 「灰谷くん」 「はい」 灰谷も箸を置く。 「マコは――――君に頼む」 目一杯タメてから親父は言うと、頭を下げた。 灰谷がテーブルの下でオレの手を握る。 オレたちの左手の薬指にはペアリングが光っていた。 「はい。頼まれました」 灰谷が親父に向かって頭を下げた。 母ちゃんが嬉しそうに笑っている。 オレの胸がじんわりと暖かくなった。 「行ってきま~す」 出勤するオレと灰谷と親父を母ちゃんが見送る。 「あんたたち、今日の夜、帰ってこないんでしょ?」 「うん。記念日だから外でメシ食って泊まってくるわ」 オレは答える。 「灰谷くん……マコを……マコを……」 親父のギャグのタメが長い。 「はい。もういいから。遅刻する」 二人の背中を押して外に出る。 「行ってらっしゃ~い」 玄関先で母ちゃんが手を振った。

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