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第133話 言え。
「真島てめえ、オレを走らせやがって」
ドアを開けて入って来たのは、汗だくの灰谷だった。
「なんで」
「あ?」
「なんでここってわかった。オレ、誰にも言ってないのに」
「呼んだだろ」
「は?」
「テレパシー飛ばしたろ」
「…何、言ってんだよ」
「灰谷。灰谷。灰谷って呼んだだろ」
「つっ……」
灰谷の顔を見たら涙がこみ上げた。
「アホか!」
泣いちゃダメだ。
灰谷はオレの隣りにドスリと腰を下ろした。
「あ~疲れた~。なんか飲み物くれ」
オレはクーラーボックスから水のペットボトルを出して渡した。
ゴブゴブと飲んで灰谷はむせた。
「なんだこれ、ヌルっ」
「しょうがねえだろ。冷蔵庫ないんだから」
部屋をくるりと見渡して灰谷が言った。
「え~。ああホントだ。つうかなんでこの部屋あっちこっちに本が散らばって……あ!」
声を上げると灰谷は立ち上がり、外に出て行ってしまった。
「え?あ!って何。え?」
しばらくしたら灰谷はビニール袋を下げて帰ってきた。
「ん」
オレに差し出す。
受け取ってオレは中をのぞく。
ペプシといちごオーレとアメリカンドッグが二本が入っていた。
こいつ、ホントに……。
オレは灰谷にペプシのペットボトルを渡す。
灰谷はフタを開けるとグビグビと飲み、プハーと息を吐いた。
「つうか、ここ、なんなんだよ」
「あ~まあ、その……」
城島さんの部屋って言いにくいよな。
「まあいいや」
いいのかよ。
「帰るぞ」
「はあ?そんな急に言われてもオレにも都合ってもんが」
「帰るぞ真島」
灰谷はオレの顔を真正面から見つめた。
有無を言わさない顔だった。
汗だくで、でもやっぱ男前で、オレの好きな灰谷の顔だった。
「その前に、オマエ、オレに言いたいこと、あるだろ」
「は?」
「言え。全部言え」
足元から水が引く。
ぞわぞわと肌に鳥肌が立つ。
こいつ……知ってる。
わかってる。
オレが、こいつの事好きだって。
気づいてる。
それで、言ってる。
全部言えって。
オレ……。
ヒュー。
風が耳元を吹き抜ける。
首に太いロープの感触。
足元の扉がキシむ。
首吊りだ……。
「いやだ」
「なんで」
「いやだ」
言うって、次に灰谷と会ったら伝えるって決めただろオレ。
いや、そうだけど。
そうだけどでも……。
「言え」
「言わない」
「言え」
「だって…」
「だってなんだ?」
オレは灰谷の顔を見つめた。
やっぱりオレ、今までのオレとオマエを失いたくない。
怖え。
ヒュー。
風が強くなる。
ロープが首に食いこむ。
足元の扉の感触が足に柔らかくなる。
飛ぶなら今なのか?
そうなのか。
オレ、新しい地獄に飛ぶ覚悟はできたのか?
その時、灰谷がオレの両腕をつかんだ。
オレはビックリして灰谷の目をのぞきこむ。
「言えよ真島、あの夏の坂道で言えなかった事」
オレの腕を掴む灰谷の手に力がこもる。
「言え」
灰谷のその声でオレは飛んだ。
「灰谷、オレ、オマエが好きだ。好きなんだ。どうしようもなく、好きで好きでたまらないんだ」
言い切ったら涙がこみ上げた。
止まらなかった。止められなかった。
後から後から溢れ出した。
ふわり。
熱い何かに包まれた。
え?
灰谷がオレを抱きしめていた。
灰谷の胸。
灰谷の腕。
灰谷のカラダ。
それに気がついて、さらにオレは泣いた。
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