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第153話 ナツノヒカリ

「真島。真島」 あ。 オレは緩みそうになる頬を引き締める。 「真島ー起きろ~遅刻すんぞ」 オレを呼ぶ声に聞き惚れる。 もうちょっと聞いていたい。 「(まこと)~起きなさ~い」 遠くで母ちゃんの声もする。 「お~い。起きてんだろ。足、ピクついてんぞ」 バレてる。 「真島~」 いやいや、逆に起きれねえでしょ。 寝たフリ寝たフリ……。 ん?気配がしない? 呆れて下に行っちゃったとか? と思ったら、耳元でささやかれた。 「おはようマコ」 うおっ。 オレは耳を押さえて飛び起きた。 「やっぱ起きてんじゃねえか」 制服姿で笑う灰谷だった。 あ~いつにも増して男前。 この顔好きだ。 って再確認してどうするオレ。 つうか、確実に弱い所を攻めてくるのやめてくれよ。 マコって、昨日のお返しだな、多分。 「今起きたんだよ」 「ウソつけ」 「ウソじゃねえわ」 「まあいいけど。出発十分前なんだけど」 「ウソ」 「それこそウソじゃねえわ。先、下行ってるぞ」 大慌てで制服に着替える。 カバンをつかんでドタドタと階段をかけ降りる。 「信、遅い」 玄関には灰谷と母ちゃんがいる。 「なんで起こさないんだよ。髪やる時間ないじゃん」 「起こしました。何度も」 洗面所に飛びこんで顔を洗う。 「ごめんなさいねえ灰谷くん。いつまでたっても朝起きれなくて。こまっちゃうわ~」 デジャブ感の漂う母ちゃんと灰谷の会話。 ああ~髪が~グチャグチャ~。 つうかメシも食ってねえし。 ヒゲは……よし。つうかあんま生えねえし。 「信~早く~」 寝ぐせのついたところをちょちょっと水で濡らして撫でつけ、歯をザザッと磨いて玄関へ。 「今日は始業式だから帰るの早いんでしょ」 「うん」 オレは靴に足を突っこみながら返事する。 「じゃあ灰谷くん、お昼食べに来ない」 「あ、いいんすか。喜んで」 「何食べたい?」 「節子の作るものならなんでもいいよ」 「んもう~灰谷くんたら~」 母ちゃんがオレの背中をバシバシ叩いた。 「痛いって」 「んもう~うちのお婿さん最高なんですけど~」 「婿言うな。貰ってない」 「じゃあ貰おう。マコに貰おう。そうしよう。ね?」 「ね?じゃねえよ。ったくババ…」 「ババなんだって?」 母ちゃんの顔が一瞬で鬼に。 「なんでもありません」 「節子、落ち着いて」 灰谷が母ちゃんの頭をポンポンした。 「うん。節子平常心」 「チッ」 「舌打ちしない。でもごめんなさいね灰谷くん。また迎えに来てもらっちゃって。まさか買ったばかりの自転車盗まれるとはねえ」 「あ~オレのチャリ~」 「またおカネ貯めて自分で買いなさいよ~」 「あー。つうか母ちゃん、物は相談なんだけど、バイク…」 「バイクはダメ!」 オレは灰谷にオマエから話せと目配せする。 「?」 「(?じゃねえよ。オマエからも話せ)」 「ああ。節子」 「何?灰谷くん」 「オレ、婿に来てもいいな」 「ホント?」 「うん。だからバイク…」 「バイクはダメよ」 灰谷、ヘタクソか! 「あ~もういい。行こうぜ灰谷」 灰谷の背を押して外へ出る。 「車、気をつけなさいよ」 玄関のドアから顔をのぞかせ母ちゃんが言う。 「灰谷に言えよ」 「灰谷くん。マコ、よろしくね」 「マコ言うな」 「はい。行ってきまーす」 灰谷の自転車の後ろにまたがりながらオレは言う。 「灰谷、オマエ、ヘタクソか」 「何が」 「バイクの話だよ。もうちっとうまく言えんだろ」 「あー。な~?」 「な~?じゃねえよ」 オレは空を見上げた。 快晴。 青い空に白い雲。 「まだ少しあっちいな灰谷」 「ああ。でも、もう夏も終わりだ」 もう九月か。 灰谷が振り返って言った。 「行くか」 「おう」 自転車は走り出した。 暑いけど、ほんのうっすら空気に秋の気配。 風に膨らむ灰谷の白いシャツ。 シャツに包まれたその背中。 灰谷の後ろ。 オレの特等席。 「真島」 「あ~?」 「明日美がバイトやめた」 「……そっか」 オレに気を使ってだろう。 そっけなく言う灰谷。 明日美ちゃんが……。 だよな。 居づらいよな。 「で、バイト、新しいやつ入ったぜ」 「お、そうなの。男?女?同学?」 「男。一年。転入して後輩になるって言ってたわ」 「へえ~」 「オレらとシフト被るから、よろしくだって店長が」 「ああ」 変わって行くな少しづつ……。 そんで色々。本当に色々あったな、この夏は。 「ところで真島、いつ行く?」 「何が?」 「餃子食いに」 「あ~いつ行こっか」 「とりあえず路上走る練習しねえと」 「あ~兄貴に頼んで…またナイトになっちゃう?」 「かもな」 「ナイトは当分いいわ」 「だな~。でももう一個あるだろ」 「あ~矢沢ナイト」 これからオレ達どうなるんだろう。 答えは風の中……か。 そんな歌、なかったっけ? 「灰谷~」 オレは灰谷の腰に手を回した。 「暑いって」 脇腹をコチョコチョくすぐった。 「やめろって~」 灰谷が身をよじる。 「何、灰谷、腰弱えの?」 「弱くねえわ」 「弱いじゃん」 まあでもさ、何があっても、どういう関係になっても、オレたちが一緒にいるってのは確かみたいだから。 当分はそれでいいんじゃないかと思う。 オレはまた空を見上げた。 その時、雲の切れ間から光があふれた。 ナツノヒカリ。 オレの心に永遠に消えないであろうナツノヒカリが満ちた。 ~ ナツノヒカリ 終 ~

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