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第1話

「マスター、二十五分後から雨が降ります。五日ほど続く長雨です。外出すると俺も錆びてしまうでしょう」  陰鬱な空を見つめながら、広い背中がそう言った。  その声に繋いでいたホログラム通話から一瞬だけ目を離した僕は、通信相手が笑う気配がして思わず口を閉ざした。 『きみのところは相変わらずだな』 「……ポンコツを飼っているのはお前のところもだろ」 『僕のところはそうでもない。少なくとも、もうこじらせ期間は終わったよ』 「よく言う」  マスターと一緒に死にたい、と僕に相談しに来たあの人形に、ほとほと困り果てた記憶も新しい。  そう言うと、ホログラムの黒髪の青年はその形の良い唇を持ち上げて目を細め笑った。どこか満足げにも見えるその笑みに、このバカップルめ、と僕はうんざりする。 「マスター! 俺が錆びたら大変でしょう? 外出を控えますか?」 「……そもそもお前は錆びる材質で作られていないだろ」  頬杖をついて言えば、通信相手が肩を揺らしている。僕はそれにため息をついて、額に手を当てた。 「でも俺はロボットです、マスター。いつかは壊れる!」 「壊れたら直すよ。僕は人形師だぞ」 『なんだ、きみのところも死にたがりなのか? 難儀だね』 「……AIのくせに学ぶのを投げ出すんだ。修正が必要かと調べても個性の一つと一蹴される。いらぬ情報にまみれたインフィニートネットワークは危険だぞ。時折、回線を切りたくなる」 『なるほど。それもひとつの手だな』 「……物騒なことは考えるなよハジメ。リリィは賢くてやさしい。成長を止めたら変化は望めないさ」 『それこそ真実の人形だ。……なに、僕たちと同じだろ』 「……同じだって? 全然ちがう。だけどこんなにも終わりに執着する人形が増える理由は、一体なんなのかと不思議に思うよ」  言うと、ハジメが黒い瞳を丸くして意外そうにこちらを見た。  その背に、すらりとした長身の美しい男が現れ、手に持ったカップをそっとテーブルに置いた。  リリィだ。  死にたがりのAI人形(アンドロイド)で、ハジメの恋人。 『簡単なことでしょう、ユエノ。彼もまた、私と変わらない』  輝くようなプラチナブロンドの髪の毛と、青い海の色をした瞳がこちらを見て、ハジメの肩にその形の良い手を置いて微笑む。  その秀麗な顔立ちは確かにAI人形として最低限の基準であり、彼はまた最高峰の知能と容姿を兼ね備えて売られた存在だった。  一時期は一世を風靡したほど人気が出た彼等も、今となっては数が減っている。  リリィは廃棄物置き場に無造作に捨てられていたという。  これだけの大金を要して作られ売られたものでも、人間にとっては不完全な物でしかない。  時代の変化と共に飽きられた存在は、なにもこのAI人形たちだけではないのだ。 「……お前らが幸せなら良かったよ」  僕が言うと、ハジメが眉を上げたが後ろにいるリリィが彼を遮るように肩を押さえつけたので、僕は少し驚いた。 『ユエノ、ドールは貴方からの扱いに不満を持っている。話を聞いてあげてくれませんか』  水晶のようにキラキラと光る美しい瞳だ。  窓辺に立っているあの男型の瞳こそ翡翠だが、彼等はどれも美しい。  その無機質なはずの瞳から言い知れぬものを感じた気がして僕は目をそらした。  ハジメはそんな僕をただじっと見つめていた。  幼い頃からの顔見知りで、リリィの騒動がなければ深い話をする関係ではなかった。しかし今となっては友人と言える程度の関係に発展したようだ。  幸いなのは僕も彼も、どこか他人を寄せ付けないタイプであり、余計な会話はあまり望まないことだった。結局その時のハジメも、主人である自分を差し置いて人に発言する人形を窘めることもなく成り行きを見守っていた。  リリィは変わった人形だ。  ハジメが死するときに同じように機能を止めたいと希望したように。 「そっか……。お前達は、なんでも共有できるもんな」  AI人形はその独自のネットワークで情報をいくらでも共有できる。その美しい瞳は記録であり監視にもなる。  僕がドールに対する扱いを人形同士が情報を開示していても致し方ない。彼等が人間にそれを示さない限り、それはシークレット扱いと同じだ。 『真面目に受け取らなくてもいい。リリィには僕からもよく言っておくよ。じゃ、また連絡する』 「ああ、了解」  押し黙った僕に短く息をついたハジメがそう言って会話を切り上げるのに、僕も通信を切った。  特定の人物に執着する人形。  その存在が一体この世界でどれほどあるのか、僕にはわからない。   「終わりましたか、マスター。俺は今日の買い物を放棄してもいいですか」 「なんでだよ。お前は濡れても壊れないし錆びもしない。ついでにいうなら汗もかかないし風邪もひかないだろう。いいから行ってこい。今日は鶏肉のシチューが食べたい」 「了解です、マスター」  うんざりして立ち上がった僕は、素直な返答をしたドールを振り返りその顔を見て眉を寄せる。 「……なんでそんな顔をしてるんだ」 「不満な表情です、マスター」  唇を尖らせている美男子は、僕と目が合うと至極真面目に答えた。  僕は時々、こいつが物凄く面倒臭く感じる。   「この雨期はかつて梅雨と呼ばれ、もっと昔は五月雨と言われていたんですよ」 「そうか、カッパを着ていけポンコツ」 「傘の方が格好いいです」 「お前はそのままでも充分格好いい。ほら、着ろ」  服が濡れるのを嫌がる人形なんて、早々いないだろう。  下界は人がゴミのようにひしめく繁華街だ。人形が傘を差していたら、主人にクレームがいってもおかしくない。  しかしドールは濡れると壊れるから濡れたくないという。  もちろん、濡れて壊れる設計などしていない。このこだわりですら個性なのだというのなら、次の修理で余計なものを削除してやろうか。  そんなことを考えながら雨合羽という名のスーツを着せてやると、目の前の男が蕩けるように僕を見て微笑んでいた。  翡翠の瞳は僕が生まれた故郷の湖の色と似ている。形の良い鼻と唇がもし本物だったら、僕など相手にされていないだろう。  ホログラムの向こうで笑う偶像達を思い浮かべて、僕はじっと見下ろしてくるドールの頬をつまむ。 「痛いですマスター」 「よく言う」  お前の痛い、は僕等とは違う。  この軟らかな皮膚の感触もまるで血が通っているような温かい体温も、すべて設計されているものだ。  僕とは違う、存在。  ドールは口でこそ不満を述べていたものの、颯爽と買い物へと出て行った。  もとより、AI人形とはそういうものだ。  便利さを極めた究極の存在。反対団体は太古に存在していたという“奴隷”という名を使って廃棄を叫んでいた。  力仕事に家事育児、性欲処理に寂しい心を埋める癒やし。  ペットとも違うし、恋人とも違う。ましてや伴侶などもってのほかだし、心の隙間を埋めようとする人間がその異様さに気付く頃には、彼等の執着を恐怖に変換する。  AIは常に学ぶ知能だ。主人が愛を注げば彼等もまた愛を口にする。  身体をつなげる機能は人と同じように快楽を覚えるし、どんなに乱暴に扱っても彼等は早々に壊れない。  主人が眠る横で眠りを覚えることだってできるし、膨大な知識を隠して何も知らないふりを選択することもできる。  僕はそんな彼等の修理に携わるエンジニアだ。直すのが専門であり彼等がなにでつくられているのかは基礎知識としてもっている。  だから、僕は僕だけのドールの意識がいまいち理解できない。  ドール。  とある客が修理を頼み、引き取りを拒否したよくある廃棄処分の人形。  そう、かつては他の名で呼ばれていたはずの、完璧な人形。  だが、僕がマスターになってからは彼は常に“ドール”と呼ばれている。  だって彼は、人間ではない。    ハジメはリリィの執着を愛しく思えるやさしい人間だ。  彼に生じた違和をハジメは否定することもなく見守っていた。  どんどん人形らしかぬ発言をし変化を遂げていくリリィを、ハジメは最終的には受け入れたのだという。  人形師である僕に打ち明けたのは、リリィのプログラムをいじるのに仕方なくだ。  リリィはハジメの死を怖がる、変わった人形だった。  さびしい、という言葉をまるで心から理解しているようなそんな人形だった。  これまでの人生で多くの人形を見てきた僕だが、リリィのようなAI人形に会うのは多くはない。  “マスターと共に死にたいと希望する人形は、珍しいですか”  以前リリィはそう質問したが、実のところここ最近で増えている案件だ。  特に老人に寄り添う人形と、何らかの原因で突如主人を失った人形にその傾向が強く、喪失感を持っていると言わざるを得ない現象には僕も少し恐ろしく思っていた。  だが、大抵主人を失った人形はリセット処置をされ、新たな主人の元へ行く。  その頃には覚えた喪失感をしっかりと忘れているようで、僕はいつもそれを見る度に人間との違いを感じるのだ。  僕等は嫌な思い出も忘れることができないのに、彼等はリセットをすれば新たな人生を歩める。それは人形の強味であり、人ではない証しだと僕は思う。  ドール、と名付けたこのAI人形は男性型で、誰がどこから見ても美しいと称する見目をしている。  長い睫毛に白い肌、細い指に、引き締まった筋肉。  生い茂った緑の中の青と水の色の混じった、綺麗な瞳。小さな顔の下にあるのは人で言えば脳であり、彼等で言う受信機。  この巨大な宇宙にはびこるすべてのネットワークを把握しているとも言われる、インフィニート情報網だ。  僕は腐っても人間である。  人形師という職業は最早数少なく、どちらかと言えば既に失いかけている。  かつて人が悲惨な事故に遭った時、修復不能な肉体を捨て人工につくられた肉体をつぎはぎした時代があった。その技術とAIの技術を掛け合わせたのが今のAI人形の始まりであり、人形師も元は義肢工だと言われている。  培養技術が発達し、今の人類に義肢は必要なくなったが、代わりに人形が似たようなものを使うようになった。  だから僕は腕や足のとれた人形を修理するし、時には見るも無惨な姿になった彼等を回収し元に戻すことだってある。  僕にとって人形は、確実に人形でありそこに人と同じようなものを感じない。  見た目や感触や会話がどれほど近くても、蓋を開ければ彼等は血の通わない、複雑な回路をつなぎ合わせた、ただの受信機だ。  だがドールは僕の扱いに常に不満を持っているようだ。 「マスター、キスしてくれませんか」 「いやだよ。いいからお前、もっと動け」  ぱちゅ、ぱちゅ、と腰を振ってその逞しいものを受け入れていた僕はやたらとくちづけをせがむドールの手を掴んで促した。  しばらく騎乗位でドールの性器を味わっていたが、そろそろ好き勝手にされたいと思い僕は深く息をついて指示をする。 「あっ……ぁ、ア、ア……ッ!」  ドールはキスを拒んだ僕を見上げながら、忠実に横たわったまま僕の腰を掴み律動を開始した。  彼等は基本、主人の言うことは絶対だ。  当然の事だが。 「な、んだよその顔……っ」 「……不満の顔で、す」  なのに眉間に皺を寄せて目を細めて僕を見るドールは、どこからどう見ても拗ねたような顔を作っている。キスをせがむ人形が悲しさを感じるとは思っていないが、そういったフリをすることを習得したのだろうか、と考えた。  AIは常に成長する。  たぶん、人が思っている以上に、彼等は毎秒なにかを受信し発信し、選択をしている。 「相変わらず……ひっ、ぁ、気持ち悪いや、つだな……ん!」  申し分ないほど反り返ったそれでいつもの場所を擦られると僕は弱い。  はあ、と気持ちよさそうな表情をするドールは、プログラムされている行動だと知っていてもその快楽がどんなものなのか興味がわいた。 「マスター、かわいい。綺麗です」  睦言だって、彼等の膨大な知識で容易に出てくる言葉だ。  だから僕はいつもそれには答えない。  突き入れられるその熱と、自分だけの快楽を追って思う存分喘ぐだけだ。  不毛だって?  もとより、人は皆不毛だろう。  愛はいつか、消え去る。  人も人形も関係なく、同じように。 「……ァ、僕、お前の好きなところって、この、ペニスだけだ」 「……最低です、マスタ-」 「は、よく言う……っ」  笑うと、ドールが怒ったような顔で起き上がり、そのまま僕を後ろへ押し倒してきた。  広いベッドに沈み、更に早くなったピストンにつなぎ止められた手のひらを合わせて迫り来る絶頂に腰を震わせる。  どくどくと吐き出される精液は、一つは本物で、もう一つは擬似の偽物。 「好きです、マスター。マスターだけを愛しています……」 「……馬鹿だな、ドール」  僕に媚びるのは、捨てられるのを恐れているのか。  その美しい顔を見上げながら、僕は自分の矛盾に気付いてしまう。  ……ああ、面倒だ。  だからいやなんだ。 「雨期は憂鬱ですかマスター」 「雨降りが好きなのはお前だけだろう」 「誤解です。俺は梅雨は嫌いです」  だって、壊れてしまう。  相も変わらずうんざりする言葉を言ったその人形に、僕はあきれて口を噤んだ。  雨に濡れるのが嫌だ、と頻繁に言う彼は、それでも外出し、僕に頼まれた買い物をこなし、ついでに近所のオンボロアパートの雨漏りを修理していた。  通りすがりに頼まれたと言っていたが、ドールがそれに従う必要性はない。ドールが命令に忠実にあるべきなのは主人という存在だけだ。 「困ってる人を助けることは率先すべきだと」 「そうだな。僕はやらないけど」  薄暗い雲の下でひしめく汚いネオンと、サイレンの音。  人形だか人間だかわからない者達が行き交い、監視だらけの世界でドラッグや殺人や、賭博に明け暮れる一方で、善良な市民は良い服を着て良い食事をしている。  たぶん、大昔から変わりもしない世界。 「びしょ濡れだな」 「リリィに会いました」 「そうか。一人だったのか?」 「ええ。ハジメの使いだと言っていました。俺と同じだと言うと、笑っていました」 「……ハジメは優しいからな」 「ええ。でも、俺はマスターでよかった」  こんな言葉を選択するのも、彼等は常に学習し計算しているからだ。 「お前はどこまでも人形だな」  僕がぽつりと呟くと、ドールは一瞬虚を突かれたような顔をして次には笑った。 「でも俺は人形だから貴方の元へこれた」  以前の主人が俺を捨ててくれたから、マスターは俺のマスターに。  ドールが紡ぐ言葉はどこまでも素直な、そのままの意味だ。  腕組みをして作業場に戻る僕は、バラバラのその欠片達を見つめて道具を手に取る。  今日も新しい主人を待つ彼等を修繕し、復帰の道へと送りだすのだ。

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