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第1話

「如何ですか?」 「此れ許りは流石の私でも無理だなあ」 「ええ、そうでしょう」  其の可能性を一切推測しなかった訳では無い。実行に移す迄の利益が存在するのかという点を太宰は見誤ったのだ。  目前で捉えられた両手。此れが手枷ならば後ろ手であろうが目を瞑っていようが解く事は出来る。其れを赦さぬは親指同士のみを拘束する結束帯。真逆とも思える単純な物こそ意外と難しくも有る。五指が自由に使えない事がどれ程不便で有るかは実際に経験をしてみなければ判らない。  太宰を本当の意味で拘束する手段として此の策を用いたのは魔人・ドストエフスキー。  ――無事に帰す心算は無いのだろう。  太宰が其の結論を出す迄に時間は掛からなかった。 「取引には」 「応じません」 「だろうね」  どんな欺瞞を公使してでも、籠絡出来るだけ中也の方がマシだった。自らを相手にして居るかの様に錯覚出来て仕舞う事が太宰自身を思考の迷宮へ誘う。何故ならば太宰は意図的以外での隙を生じさせないからだ。そんな自分と同じ人間を目の当たりにして居ると考えれば、同時に僅かな隙すらも存在しない事が太宰には理解出来て仕舞う。  其れでもただ一つだけ、太宰にしか行使出来ない切り札は確かに存在して居た。

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