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上
爪の垢を煎じて飲む。
と諺にある。
それは優れた人のごく僅かな爪汚れである垢ですら、煎じて飲むことでその人に僅かなりとも近づけるのではないかという民間療法的なまじないの手法。
優れた人の一部を体内に取り込むことで、その人にあやかろうという下心。
飲む方は…まあ、いいだろう。
なにせ好んで飲むのだから。
じゃあ、飲まれる方はどうなんだろう?
自分の垢なんて飲まれて平気だったのかな?
でも、煎じてたんなら…
きっと、今の俺よりかはましな気持ちだっただろう。
ちゅっ…ちゅばっ…れろぉ…
そう思うのは…俺が今まさに右手の指を舐められてるから。
『爪の垢を煎じて飲む』こんなアホらしい諺作ったの誰だよ。って思ったことあるだろ?
それ、うち。
絶対うちの一族。
不本意ながらも俺の居る一族、御津明 一族は奇妙な力を持っていた。
指、特に爪周辺はそれはもう優秀になるための成分が豊富に出るらしい。
一度吸うだけでその人の持っている能力が飛躍的に伸びるのだという。
ドーピングに近い。
謎出汁でも出るのだろうか。
俺は一族の末端にいるけれど、この能力のあり方には本当に呆れる。
なんでそんな態度のくせに現在進行形で舐められてるのかって?
本家も分家も少子化の煽りをうけて一族には俺と本家のぼっちゃんしか10代の人間が居ないのだ。
御津明一族の爪舐め…もとい爪甲賜之儀 にはかなりの金が必要になる。もちろん、金だけじゃなくそれ相応の地位も。
そして、この爪出汁(と、俺はこっそり呼んでいる)の効果は舐める方と舐められる方で年齢が年が近くないと効果がないらしい。前後10年
、それが効果の範囲。それ以上離れるとどんどん効果がなくなるらしい。
あとは40代を越えると爪出汁の効果がないとか。
いったいどんな検証したんだよ。
爪出汁会…もとい爪甲賜之儀の時、爪の持ち主は神子と呼ばれその体がには竜気が宿り、その神子の竜気おこぼれが爪に現れる。
儀式を受ける者は爪に宿る竜気を得るために神子の爪はを口に含む。
儀式中、神子の指は嘗めてよし、しゃぶってよし、甘噛みしてよし、となってる。
とんだ変態プレイだ。
竜気が宿る俺の爪は非常にありがたいもので、伸びたときに削られた爪の粉は練香に交ぜられ御利益のあるお香として高値で売買…いや高額な寄付と交換されているらしい。
らしい、というのはその恩恵に俺は微塵もあやかってないから。
俺に出る手当はゼロ。
一族がどんなに儀式で稼ごうとその恩恵が俺に来ることはない。
もちろん給料なんてなにそれ?だ。そもそも俺は未成年だし。
そもそも金があっても使う宛がない。
俺は御津明一族の神子として屋敷に幽閉状態なのだから。
御津明一族の奴等は小さい頃からそういうもの、と洗脳されまくってるからこの生活に何の疑問も持ってない。
俺は一族のじじいどもに言わせれば野良犬だからこの生活は不満でしかない。
あーだこーだと品のない言葉で文句を言う俺は御津明一族のやつらにとって、どうしようもない出来損ないらしい。
どんなに品が、とかいって偉そうにしてるそんな野良犬の出来損ないに頼らざる得ないお前らこそ何なんだよって思うけどな。
野良犬で出来損ないの俺にお鉢が廻ってきたのはぼっちゃんの能力に陰りが出始めたから。
今まで御津明一族の神子達は数人で竜気をそれぞれが補完しあっていたらしい。
二人が仕事してるときは一人休む、そうして竜気が枯れないように。
けれど、本家筋の10代の神子が1人しかいなかくなり、儀式は本家の若様と呼ばれる1人で行ってきた。
補充せずに取られるばかりの竜気はいつか薄まり爪先に出なくなる。
出汁と同じだなって思ったからそれから俺の中で爪甲賜之儀は爪出汁会になった。
薄くなるばかり若様の出汁をなんとか濃くするべく必死になって本家の奴等は血族中を探した。
分家という分家を探しまわるけれど御津明の能力を持ってる十代の子供は見つからない。
そして最後に行き着いたのが俺の実家だった。
随分前に分家の末子が家出をしてそのままになっていたその先を調べ…
一族の放蕩者であった祖父とその子である父、そしてその孫である俺を見つけた。
分家筋とはいえ神子としての才能に恵まれ、使うことの無かった竜気を多く蓄えた子供をみつけた本家の奴等は喜び勇んで俺を金で買った。
父も母も積まれた金を前に親孝行な息子だと喜んだクソ親だった。
そして俺は14歳で御津明本家に養子に出された。それから3年、俺は今年で17歳になった。
3年前にこの家の養子になってから、俺は一度も屋敷の外には出ていない。
れろっ…ガリッ!
「…ッ!!」
俺の客はよく俺の爪を剥がそうとする。
神子の爪を食ったら舐めるよりご利益があるとでも思ったのかもしれない。
俺には若様には回せない欲の皮が張った質の悪い客が回される。
はあはあと荒い息と気持ち悪い水音が御簾越しに聞こえる。
ねろりと熱い舌に嘗められる指が震えないようにするのが精一杯だ。
男の指と舌がどんどん手首から上へと這い上がってくる。早く終われ、早く終われ。そう思いながら微動だにせずおれは不快感に堪える。ぎしり、と再び爪と皮膚の間に歯が食い込む。
「お時間です」
硬質な声が男の動きを止める。
「なんだ、もう少し」
「お客人に神子の身を欠けさせることは認められておりません」
指先を齧ったことをいってると解ったのだろう、男がたじろぐのがわかる。
ああ、嫌な言い方だ。
神子の身を欠けさせることを認められている者が居るとわかるその言い方。
現におれの左手の小指の爪はまだ生えてきていない。
客が帰ると俺の装身具はひとこともしゃべらない巫女達に外されていく。
俺を椅子ごとしばりつける華美な帯、腕を固定する台、身動きしても客にわからなくするための沢山のしゃらしゃらと鳴る金属、頭を固定するベルト、そして最後に外されるのが猿轡。
「マジ最悪」
悪態をついても体は動かない。俺は儀式の間から長椅子の置いてある部屋へ世話役に抱き上げられて移動する。
拘束具をつけて動けなくさせて、その上儀式の間おれの体は薬で痺れたように動かなくされる。
そんな俺を運ぶのが世話役の仕事。
客が嘗めた手は布でぬぐわれた後、花の香りのする薬湯につけられる。
この後男が齧った爪は綺麗に削られるのだろう。
あの男はあとでとんでもない額を請求される。ざまあみろ、だ。
「後ほど、若様の元へ」
世話役の男の三年間ほとんど変わらない表情。これといって目立つところのない顔は抑揚に欠け、酷く覚えにくい。話さない巫女達と合間って酷く陰鬱な気分にさせられる。
はーーっと俺はため息をついた。
ほんとマジ最悪。
「やあ、葵、調子外はどうだい?」
「これといって特に変わりはありません」
「ふふっ、僕の所は二人も来たから疲れたよ」
若様の客は今日は二人、方や俺は六人。ほんとここの奴等は俺を使い捨ての様に扱ってる。
「葵、こっちにおいで」
「はい」
若様と言われてる次期当主のこの人は25歳。
少し幼いおっとりとしたしゃべり方は浮世離れしてる。こういうのを品があるというのなら、
俺が野良犬と言われるのも納得だ。
若様は他愛ない会話の後、俺の着物の合わせからするり、と手を入れる。
完璧に整えられた指先にペンだこなんて存在しない。人外じみた美しさの細い指先が俺の肌ををまさぐりる。
俺は若様の肩越しに香炉かくゆる煙を見る。
いつでもたきづづけている香の香りは薄い。
この部屋に来ると頭の中から指先まで痺れていく感覚があるのはあれのせいなんだろう。
「あ、あっ」
「葵かわいい…ふふっ…」
若様は、はんなりと笑いなから俺をはだけさせ、俺の体に口を落としながら美味しいと呟く。
坊っちゃんは俺の体にある竜気を肌を合わせることで取り入れているのだという。
「ふあっ!」
くぷり、と俺の後ろに指を入れられぐちぐちと音を立ててかき混ぜられる。
準備してきたそこはローションで潤んでいるから難なく皆が有り難がる指を不浄の場所に受け入れていく。
ビリビリと痺れるような感覚、ぞわぞわと背筋を伝う寒気に似た快感。
「うあっあ…あっ」
「ふふっここ、好きだね」
ぐりぐりと閉じた瞼の裏がハレーションを起こすような、鮮烈な快感が走る場所を捏ねられ、ビクビクと体が勝手に跳ねる。
「ひっ!ああっ!!」
ここに来るまで知らなかった快感。
知らずにいられたらよかったのに。
「さて…そろそろ、かな?」
執拗に弄られたあと、くふふっと笑って若様は指を引き抜き俺の中に熱く滾った自身を沈める。
「あっあーーッ!!」
ぐずぐずに溶けた中を抉られる、剥き出しの神経を撫でるような、チリチリとした快感にぶるぶると勝手に体が震え、制御出来ない声帯が揺すられる度にあっあっと甲高い奇妙な声を出すのを他人事のように聞いていた。
そう、他人事。
ここに来てからずっとまるで自分が自分のものじゃないようだ。
俺の指先は若様の口の中。
まるでそれがとてつもなく旨いもののように舌を絡め、しゃぶられる。
柔らかな口腔、こつりと当たる歯。
若様は俺を可愛がるけれど、決して俺の口に自分の指を入れようとはしない。
俺は奪われるばかり。
俺に与えられるものは、なにひとつない。
「あははっ!ああ、満ちる、あああああ!アハハハハ!!!」
俺を貫きながら、若様は狂ったように笑う。
俺の中にあるという竜気を俺の指を、爪を吸いながら奪っていく。
じゅば、じゅぶっと湿った音は何処から来ているのか。若様の口か、俺と若様の結合部分か
「はあっ!はあっ!…もっと、もっと…」
ガツガツと俺を揺すりながら若様は荒い息をはきながらぶつぶつと呟く。
そんな時の若様の目は正気とは程遠い。
あの煙のせいなのか、それともとっくにおかしくなってるのか…
「くっ、あうっ!ひあアァっ!!」
若様の歯がギシギシと遠慮なく俺の爪を噛む。
一際強く最奥を抉られ、ドクリと熱い飛沫をかけられた。
「クッ…」
「ーーッ!!ギ…ァアーーー!!!」
その熱さに仰け反る俺を押さえつけ、ガリリ、と若様は俺の左手の薬指の爪を噛りとった。
痛みにヒイヒイと泣き、嫌だ、痛い、止めてと喚く俺を一層いたぶるように、若様は剥がした爪のあった場所を何度も何度も執拗に嘗める。
悲鳴に喘ぐ喉に香りのしない煙がからむ。
痛い、苦しい。
その度に強張る体と後孔の締め付けに若様は何度も果てた。
俺左手の爪は性交時に若様がいつも剥ぎ取る。この前は小指、今日は薬指。
剥ぎ取られた俺の爪は若様の腹の中だ。
揺さぶられるままいつしか気を失っていたのだろう。
気づけば俺は俺に与えられた部屋の布団の上で眠っていた。
身体中あちこち痛い、特に左手の薬指はズキンズキンと鋭い痛みを訴え、熱を持っている。
俺が起きたことに気付いたのか世話役が襖をあけて入ってきた。
無言で枕元に立たれ、硝子の吸い口を唇に当てられる。
俺も無言でその液体を飲む。
喉を潤すその水にかすかな苦味がある。
解っているのはこれを飲むと僅かに痛みが収まるということ。あとは、思考が散漫になる、ということ。
常習性がなければいいな、と思うここの生活は本当にクソだ。
どうやら熱も出ているのだろう。
世話役は俺の額を冷たい指先でへばりつく前髪をよけ、指と同じくひんやりと冷たい濡れた布を乗せた。
ふと、世話役の左の薬指の爪がないことに気付く。
随分昔のものなのかもしれない。爪のあるべき場所は赤みもなく、歪に盛り上がっているだけ。
俺は思わず笑った。
掠れ声のせいで笑いというよりは微かなため息のようだったけれど。
こんなお揃い珍しいなって笑った。
普通じゃねぇよな。
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