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第3話
サンドイッチを二人で作る時、話し合うわけでもなく、なんとなく役割が分かれるようになった。マーガリンをスプーンの背で削りながら、啓が寮を出たいと思った一番のきっかけは冷蔵庫のマーガリンを勝手に使われたことだと言っていたことを急に思い出し、ふっと吹き出しそうになるのを堪える。
かたゆで卵は十三分。啓は粗め、自分ならペーストになるくらい細かくする。今日は啓が荒めに潰したやつだ。きゅうりは斜めに薄く切って、塩を振ってしばらく置いてから水気を取って使うのが二人の定番で、前に寧人が小説で読んだのを真似してやるようになった。
ありったけハムときゅうりを重ねたのと、それより分厚い卵サンド。二種類のサンドイッチをそれぞれ半分に切って、二枚の皿に乗せる。
やはり小説の影響で、サンドイッチの時は紅茶を飲みたくなる。ティーバッグを浮かべたマグカップを一つ差し出すと、啓が顔を上げた。
「これ見なくていいの?今日まででしょ」
眺めていた準新作の映画のパッケージをこちらに向けて言うので、少しばかり恨めしく思いながらも頷く。
「うん。一緒に見る?」
「面白いの?」
「そんなの、見なきゃわかんないよ」
「だな」
向かい合って座り、いただきますと口の中で呟く。啓はハムきゅうりサンドに、寧人は卵サンドに齧りつくと、しばし無言の咀嚼がリビングに満ちる。卵サンドって、潰したゆで卵を塩こしょうとマヨネーズで和えたのを食パンに挟んだだけなのに、なんでこんなにおいしいんだろう、などと、空腹に沁みるのは感傷に近い。
「寧人は、俺らが始めて一緒に食べたものおぼえてる?」
「向かい合って?」
「向かい合ってはいなかったな」
「なにそれ」
「隣り合ってたから」
「もしかして、サンドイッチとか言う?」
「さあ。おぼえてないなら、いいよ」
このタイミングで、この口ぶりということは、たぶん正解なのだろう。とかいう推理はあまりにつまらない。出題したほうは既に関心の消えたような顔で、またサンドイッチを齧っている。
つん、と糸を引いてティーバッグを泳がせてから、熱々の紅茶をちびりと啜る。
「あの、さ、啓」
「んん?」
咀嚼の合間からの不明瞭な返事に思わず笑って、寧人は一度、唇を結んだ。
「あのさ。終わりにしないでよ」
「……なに?」
「まだ、一緒にいたい」
最後の一口を残したハムきゅうりサンドが、皿に戻される。テーブルのへりを彷徨う長い指をじっと目で追いながら、そのきれいな爪に向かって言う。
「啓、いっつも、俺には言わずに女の子と付き合ってたよね」
「あ、うん」
「しかも、別れたあとで俺に教えるし」
「まあ、うん、そうだね」
「別れたあと、会ったりする?」
「二人っきりでとかは、ないな」
「……俺は、そういうふうになるの、やだ、から、さ」
彼の恋愛にはいつも、終わりがある。
自分が知っているのはそのことだけで、一番耐えられないのもたぶん、そのことなんだと思う。
彼との二人暮らしは本当に心地よい。靴の揃え方、洗面所の使い方、食事の作法、ひとつくらい気に入らないことがあるはずだと思っていたのに、いつまで経っても笑ってしまうくらい見つからない。この関係がなくなってしまうのは嫌だ。けじめをつけるなんて言って、勝手に諦めて終わりされてしまったら、自分だけ残されるのじゃないかって。
「変なこと言ってるかもしれないけど……でもさ……やだよ」
まるで告白みたいだとわかっているから、頬が熱くなる。
不意に紅茶の水面が揺れる。ああ、違う、泣きそうなんだ。
「……ごめん」
声が裏返りそうになるのを、ごまかすように鼻を鳴らす。
「寧人、それやばい」
「……なに?」
恐る恐る上げた寧人の視線を避けるように俯いた啓は、口元を手覆って、指の隙間からくぐもった声を漏らした。
「にやける……」
ちりりと焼け焦げそうなほどの熱が、耳まで広がった。
100分と少しの映画を見て、満足と不満を半々くらい抱えたまま連れ立ってレンタルショップへ行った。なかなか決まらないでいたらしい明日の予定から一抜けした彼と夜通しドラマを見る計画が急に持ち上がり、ずっと気になっていたシリーズを五本借りて、帰りにコンビニでしこたまスナックを買い込んだ。川沿いの遊歩道をまわっていこうと提案すると、ビニール袋の取っ手を片方さらわれて、反動でよろめきながら二人で歩き出した。
終わり
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