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第2話

「なんにする?」  こちらを見ずに、冷蔵庫の中に向かって問いかける。取り澄ました頬にはほんのわずかに戸惑ったような色が浮かんでいて、そうやって彼がおずおずと醸すはっきりとはわからない感情を探ろうとすれば、コピー&ペーストのようにそれが伝染してしまい、ざわついた気持ちのまま同じように自分も彼の顔を見られなくなる。 「……サンドイッチがいい」 「食パンあったっけ」 「うん」  キャビネットの上には、六枚切りの食パンが四枚残っている。 「なに挟む?」 「卵ある?」 「ある」 「じゃあ卵と……ツナ缶ないや」 「ハムならある。あ、きゅうりも」 「いつの?」 「だいじょぶでしょ、たぶん」  言いながら彼は卵を二つ小鍋に入れ、水道の蛇口を捻り、コンロのスイッチを押した。  啓は格好いい。手脚が長くてスタイルが良く、猫背気味だがそんなところもなんとなく彼らしい。いつもおしゃれな服を着て、髪型にも気を遣っていて、大きなボストン眼鏡もよく似合っている。それに――いや、それなのに、かな。ファッションサイトのストリートスナップに混じっていたっておかしくないような洒落者なのに、頭のてっぺんからつま先まで洗いざらしの寧人には何も口を出してこないところが好きだった。  啓がふとこちらを見る。食パンの袋を開けながら横顔をぼんやり眺めていた寧人の目を、眼鏡の奥の形のよい目で捕らえ、わずかに細める。 「俺、お前に振り回されてるよな」  寧人はその眩しい表情から逃げるように、彼に背を向けた。 「……振り回されてるのは俺だよ。啓のせいで、こんなことにさ」  瞬間、真後ろで制するように声が上がる。 「そんなふうに言うな」  鋭く、静かな声だった。 「俺の、お前への気持ちを、お前がさ、そんなふうに」  心臓がぎゅっと締めつけられるのと当時に、とくとくと走り出す。せっかくお互い、なんでもない顔で元に戻ろうとしていたのに。なぜお互い、気持ちがこぼれてしまうのだろう。このままじゃまた、喧嘩になる。そう思うのに。 「……啓は、ひどいよ」 「なんで、ひどいの」 「俺の気持ちはどうなるわけ。答えはいらないって、なんだよ一方的に」 「それは」 「けじめつけたいだけって言ったけど、お前はそれですっきりして、はい終了でいいかもしれないけどさ」 「だって、お前、困るでしょ」 「そうだよ、困ってる。その後ずっと気まずいし」 「だからって無視するな」 「腹立つし」 「俺だって腹立つよ」 「ほら、そういうとこ」  小鍋の水より先に沸騰してしまった感情に任せて彼を振り向き、見上げると、しかしなぜか彼は眉を下げて笑っていた。そして、あの時のように、まっすぐに言うのだ。 「好きだ」  寧人はやはりあの時のように、怒り出したいような泣き出したいような気持になって、彼をなじることしかできない。 「聞きたくなかった、バカ」 「でも好き。以上」  Q.E.D.(証明終わり)、とでもいうように冷たく言って、啓は寧人の頭をそっと小突いた。それからボストン眼鏡をくいっと上げて、たぶん、少し照れたのだろう。黙ってコンロに向き直った啓の隣りで、寧人も食パンの用意を始める。

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