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第1話 評判のパティスリー

この街で一番美味しいと評判のパティスリーを経営するイリヤが遠くの街からふらりと現れた少年を雇ったらしい、しかも一緒に住みだした、という噂は街中で囁かれていた。 あのイリヤが。 この街で一番顔のいい男なのになぜかずっと独身を貫いていたイリヤが。 どんなに魅力的な女性が誘っても見向きもしなかったイリヤが、胸も尻もなく線の細いただ太陽のように暖かく笑う少年、タァリと住みだしたらしい。 そんな噂の真相を探るべく、今までパティスリーに足を運ばなかったような人でさえ、タァリの顔を見たいがために店に訪れ始めた。 「いらっしゃいませー!」 カランコロンとドアベルが鳴ると少年の明るい声が迎え入れてくれる。 噂通り、タァリはこの街の人とは違った見た目をしていた。 栗色のふわふわの髪は彼の性格を表すかのように元気にはねていて、ヘーゼルナッツの瞳は興味深くきらきらとこちらを見つめる。 目の前に広がる色とりどりのタルトは、季節の果物を使った今週限定のスイーツだ。夏が始まる手前、ジメジメとした梅雨のこの時期にぴったりなシトラスの爽やかな匂いが鼻を抜ける。 この店に訪れる客が持ち込む雨水で足型がいくつも木製の床を飾る。そんなどんよりとした気分になりそうな梅雨の日だって、タァリの笑顔を見るとどの客もほっと微笑むのだった。 「おい、タァリ、レモンカードのタルトが店頭にまだ出てないのはなぜだ?」 「あっわっ、えと……あ!シリルさんが面白いお話を……」 「は?お前、人のせいにするのか?」 「えっいやっ、そんなつもりじゃなくてっ」 「ったく。ほら、早くこれを1ダース並べてくれ。あ!タァリ!クリームがついたからって指を舐めんなって何度言わせる気だ!」 「だってー!もったいないもん!」 「勿体無いだとー?!」 怒ったように声を上げたイリヤの瞳は優しげに細められた。未だに美味しそうに指を舐めるタァリの髪を優しく撫で、困ったようにため息をつく(さま)に、店内で様子をうかがっていた者全員が驚き目を丸くした。 「だって、イリヤさんこのクリームすっごく美味しいの!」 「分かったから、手を洗って接客に戻ってくれ。早くしないと後でお仕置きだぞ」 「お、お仕置きはイヤです」 「ははっ、イヤか?なら早く手を洗ってこい」 二人の会話を耳にした婦人が手に持っていた傘を床に落とした。その音で目を覚ましたように周りの客も買い物をし始めた。 聞いてはいけない会話を聞いてしまったのではないか。店内の客たちは皆そう思ったと言う。

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