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前編

その日、雨と一緒に爆弾が降ってきた。 「俺、男を好きになっちゃったかも」 「ぶっ!?」 しとしと降り注ぐ憂鬱な六月の雨。 友達の九条(くじょう)と並んで歩く、高校からの帰り道。 いつもみたいに下らないことで盛り上がった会話が、ちょうど途切れた瞬間だった。 俺は口にしかけた缶のコーラを、盛大に噴きこぼした。 ……なに、今の爆弾発言。 「今なんつった?」 「だから、男を好きになったかもって。何度も言わせんな」 九条は珍しく頬っぺたを赤らめて、傘の中で俯いている。ミルクティーみたいな色の髪が、はらりと切れ長の目にかかった。 「高城(たかぎ)、どう思う?」 九条は助けを求めるようにこちらを見たけれど、それどころじゃない。 男を好きになったってなんだよ。 「・・・どういうことだよ」 俺の地を這うようなテンションの低い声に、九条がはっと慌てて引きつった笑顔を見せる。 「あ、やっぱ変だよな!? うそうそ。今の無し。多分気のせい」 うん、と一人で頷いているが、俺は後ろから回し蹴りをくらったような衝撃で、さっきからくらくらと目の前が揺れている。 違うんだ九条。それを言ったら変なのは俺の方だ。 お前の事ずっと好きだったんだけど。友達だし男同士だから引かれると思って言えなかったんだけど。好きな女ができたというなら1万歩譲って諦めもつく。 でもさ。男だったら俺でも良くない!? 何しれっと他のヤツ好きになってんだよ!納得いかねええええ。 俺の心の叫びは、当たり前だがこいつには届かない。 いら立ちを隠せないまま、俺は九条に詰め寄った。 「ごまかすなよ。絶対マジな相談だろ。誰?相手」 「え!? ・・・誰でもいいじゃん」 「よくない。相談受けたからには応援する義務がある」 もっともらしいことを言ってみたけれど、100%純粋な嫉妬だ。 どこのどいつだよ。絶対に顔見てやる。 九条は目を泳がせたが、俺の剣幕に観念したように口を割った。 「・・・バイト先の、先輩」 ◇◇◇ 九条のバイト先は駅前にある小洒落たカフェだ。 土曜の午後の数時間ここでバイトしているのは知っていたけれど、見に行くのは初めてだった。男子高校生が一人で行く雰囲気じゃないから、俺はカチコチに緊張したまま店に入った。 「いらっしゃいませ~」 入ってすぐ、ふわふわの髪をした可愛い女子店員が席に案内してくれた。 窓際の席で600円もするオレンジジュースを頼もうか悶々としていると、カフェの制服姿の九条が水をもってやってきた。白いシャツに黒のベストとパンツが、すらっとした身体に良く似合ってる。いつもより大人っぽく見えてちょっとドキドキした。 「うわ。来てるし」 顔をしかめながらも、九条はどことなく嬉しそうだった。 「来ちゃ悪いか。で、どいつ? 顔見るまで帰らねえから」 「お前、そういうとこまじで面倒くさい・・・」 九条は大きなため息をつきながら店の中を見渡すと、「あの人」と小さな声で呟いた。 視線の先にいたのは、どこからどう見ても文句なしのイケメンだった。 ハタチは過ぎているように見える。すっきりとした黒髪短髪は俺と一緒だ。けれど他は大違いで、きりりと引き締まった精悍な顔に、いかにもスポーツやってますといった爽やかなオーラ。背も高いしガタイもいい。 九条と俺の視線に気づいたイケメンは、つかつかとこちらに歩いてきた。 「(たつき)、どうかした?」 「西野さん。いま友達が来てて」 下の名前で呼んでるのかよ。 イケメンは俺のじっとりとした視線も気にすることなく、笑顔を浮かべた。 「そうなんだ、こんにちは。今日は店も割と空いてるから、ゆっくりしていって」 「は、ハイ・・・」 く、悔しい。ソツのない対応と眩しい笑顔に、不覚にも俺の方がときめいてしまった。 その後も「西野さん」は、他のスタッフがミスをすると真っ先にフォローし、駆け回る子供を優しく注意し、常に笑顔を絶やさず、顔も良ければ性格もよさそうな上、仕事も出来る男だった。 ……俺、勝てる要素ないね? どんよりとした気持ちを持て余して、運ばれてきたオレンジジュースに口をつけた。高いだけあって、ちゃんと絞った果物の味がする。ひんやりと甘酸っぱくて美味しい。 することもないから、ただ九条を見てた。 視線の先でテキパキと仕事をこなしているあいつは、俺の知らない顔をしてる。 中学からの付き合いで、好きなものが同じで、嫌いなもんも似てて、誰よりも気が合って。気付けばいつだって一緒にいた。 いつのまにか俺より10センチも背が伸びて、髪も染めて垢ぬけて、ただでさえ遠くに行ってしまうような気がしてたのに。 ――この気持ちのまま、俺だけ置いてきぼりかよ。 ふいに九条が、接客の合間に俺に近づいて耳打ちしてきた。 「高城、あとで駅ビルの靴屋付き合ってくんない? スニーカー見たい」 「いいよ。俺どっかで時間つぶしてるわ」 「サンキュ。バイト終わったらメールする」 短いやりとりを交わすと、俺はのろのろと店を後にした。

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