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後編
夕方、待ち合わせ場所の駅ビルの入口に行くと、バイトを終えた九条がダッシュでやってきた。
「ごめん、遅れた。待った?」
「・・・待ってない・・・お疲れ」
「うわ。テンション低っ」
九条が怪訝な顔をして俺を見るけど、お前とイケメンのせいだよと言いたかった。言わないけど。
その後は連れ立って駅ビルの靴屋でスニーカー選んだり、服屋で服見ながら似合うの似合わないの言ったり。しょうもない話ばっかりしていても、一緒にいるとそれだけで楽しい。
もしこいつに恋人なんて出来たら、こんな時間も無くなっていくんだろう。
一見クールに見える九条のくしゃっとした笑顔を見たら、またどんよりと心が曇ってきた。
「あ、もうこんな時間。そろそろ帰るかー」
「・・・おう」
外に出ると、外はすっかり暗くなっていた。空には重たげな黒い雲がたちこめていて、まさに今の俺の心そのまんまだ。
二人で「雨降りそう」なんて話しながら、さっきのカフェの前を通りがかった時、ちょうど仕事が終わったらしいイケメンと鉢合わせてしまった。
なんてことない黒いシャツとデニムがキマっている。私服姿もかっこいいな。最悪だ。
「樹。お疲れ」
「西野さん! お疲れ様です。今上がりですか?」
「そう。今日割と店落ち着いてたよね」
二人の会話を、俺は透明人間になった気分で聞いていた。イケメン相手にニコニコしてる九条を見るのがつらい。一刻も早く帰りたい。
その時、イケメンが何かに気付いたように、俺たちの背後に向かって手を上げた。
振り返ると、ふわふわした髪のちっちゃくて可愛い女子が手を振っていた。この子、カフェで俺を席に案内してくれた店員だ。
「ミユ!」
「シュンくん、お待たせ~」
ミユと呼ばれた女子は、小走りでイケメンの隣に並ぶと、当然のように奴の腕に手を絡める。
嫌な予感に俺はごくりと唾を飲んだ。隣の九条の顔が見れない。
「……もしかして、彼女さんですか?」
「そう。バイト先同じなんだけどね」
「ね~」
俺の直球ど真ん中の質問に、二人は顔を見合わせてにっこり笑う。ラブラブオーラ全開のこの空気の中、九条の気持ちを思うと俺の方が耐えきれなかった。
「お、お邪魔しました!!」
「え、ちょっ・・・高城!」
俺は咄嗟に回れ右をすると、九条の腕を引っ掴んで全力で走り出した。
真っ黒な空から霧吹きで散らしたような雨が舞いはじめた。
「高城! いい加減・・・はなせって!」
だいぶ走ったところで、九条が息を切らしながら大声を上げる。いつのまにか人気のない住宅街の通りまで来ていて、俺も荒い息のまま足を止めた。
腕、掴んだままだった。
「なんで急に走るんだよ」
「・・・九条がショック受けるんじゃないかと思って」
俺の言葉に、九条が呼吸を整えるように大きく溜息をつく。
「もういいよ」
「よくないだろ・・・」
「知ってたよ。彼女いるって」
九条が泣きそうに顔を歪めて俺の手を振り払った。そんな顔するくらい好きだったのか。胸がずしりと重くなる。
「俺にしとけよ」なんて言えたらかっこいいけど、とても言える空気じゃなかった。
「・・・好きなんだったら、彼女いても諦めんなよ。俺、応援するし」
「そんなにくっつけたいのかよ! もうほっとけよ・・・どっか行け」
九条は弱々しい声でそう言うと、道の真ん中でしゃがみこんでしまった。
「なっ・・・八つ当たりすんな! お前があいつのこと好きだって言うから」
ああもう。空気は最悪だ。九条は腕の間に顔を伏せたまま、微動だにしない。
泣いてんのかな。俺だって泣きたい。他の誰かのせいで傷ついてるこいつを見るのが、こんなにつらいなんて。
九条の柔らかな茶色の髪と薄い肩を、小さな雨粒がうっすら白く覆っていく。俺はいら立ちまじりに湿気を含んだ髪をかきあげたが。
「・・・お前だよ」
足元の九条が腕の間に顔を埋めたまま、ぼそりと呟いた。
「は?」
「俺が好きなのは、高城だよ」
「え? だって・・・うそだろ」
九条はしゃがみこんだ体勢のまま顔を上げると、うろたえている俺を睨みつけた。
「男が好きだっていったらどんな反応するか、試そうと思ったんだよ! いきなり告って引かれたくないから! なのに、お前が勝手に突っ走るから引っ込みつかなくなったんじゃねーか」
「お、俺のせいかよ!」
「そーだよ。こんな気持ちになるのも全部、高城のせいだよ。引いただろ。引いたって言えよバカ」
マジか。信じられなくて、一瞬意識が飛びかけた。けれど一気にまくしたてた後、子供みたいに涙目で口をとがらせている九条を見たら、胸がきゅんと甘酸っぱい音を立てた。
やばい、めちゃくちゃ可愛いんですけど。
あまりの破壊力に膝から崩れ落ちそうになったけど、これだけは伝えておきたい。ずっと言いたくて言えなかった、本当の気持ち。
「あのさ。俺もなんだけど」
「え?」
「九条のこと、ずっと好きだったんだけど」
九条は目と口を真ん丸にして、俺の顔を穴が開くほど見つめた。みるみるうちに耳まで赤くなる。
「は?・・・なにそれ。まじかよ」
「マジだよ」
「なんだよ・・・俺、馬鹿みたいじゃん」
俺の真面目な返しに、九条は腹の底から絞り出すように大きく息を吐くと、はにかむような笑顔を見せた。
つまりこれ、両思いってことだよな。
途端に全身が心臓になったみたいにドキドキして、九条の顔がちゃんと見れない。
雨で白くにじんだ夜の道で、ふわふわと甘いような、くすぐったいような沈黙が立ち込めた。
どうしよう。今にも沸騰しそうな頭で考える。
両思いになったあとって、どうすりゃいいんだ。
考えて考え抜いた挙句、俺は九条に手を差し出した。
「とりあえず、手でも・・・つなぐ?」
照れくさかったから、出来るだけ冗談に聞こえるように。どうせ、「つながねーよ」って言い返されると思ったけど。
九条が戸惑ったように、俺の手と顔を交互に見る。そして、目を伏せたまま赤い顔で頷いた。
「・・・うん」
節の目立たない綺麗な指が、俺の手に絡む。
あ。幸せすぎて、死ぬ。
破裂しそうな胸をなだめながら、俺はその手をぎゅっと握り返した。
<おしまい>
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