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第9話

「戻さないよ」 蒼介はそう言って、樹を真っ直ぐ見つめた。 「好きな人いるから、って断った」 「好きな……人?」 「オレ、やっぱり、おまえが好きだわ」 そう言われ、蒼介は樹を抱きしめてきた。 「オレは男です……」 震える声でそう言った。 「うん、知ってる」 「結婚もできないし、子供も産めません……」 「うん、そうだな」 「――っ」 樹の頬に涙が伝った。 「蒼介さんには……幸せになって欲しいんです……」 回された腕を樹は掴んだ。 「普通に女性と付き合って結婚して子供作って……穏やかで幸せな人生を送って欲しいんです……」 そう言って、この前と同じように胸を押した。 「その人生を決めるのは、オレ自身だ。オレの思う幸せは、おまえと人生を共に歩む事なんだけどな」 「――っ」 ポロポロと樹の涙が溢れ、それを蒼介は指で拭った。 蒼介の手を掴み、 「また、あんな思いをするのは、嫌なんです……!」 そう言って、首を振った。 前の男との決別を思い出す。散々、自分の事を好きだと言っていたのに、彼女ができたとあっさりと捨てられた。きっと、また同じ事になるのではないかと思うと怖かった。 「怖いんです……人を好きになるのが……!どうしたって、オレは男しか好きになれない……だから一人で生きていくって決めたんです……」 蒼介は何も言わず、静かに樹の言葉に耳を傾け、そっと樹の頬に手を添えている。その手が心地良くて暖かく、頬ずりをしたい衝動に駆られる。 「きっと……蒼介さんも……!そう言っていても、いつか離れて行くんですよ……」 本当は素直にこの胸に身を委ねたかった。蒼介の傍にいたいと、抱かれたいと思う。 だが、ゲイの自分が蒼介の人生を台無しにしてしまうかもしれない、そしてまたいつか自分は捨てられるかもしれない、そう考えると樹は心にブレーキをかけてしまう。 「オレの事、好きか?」 樹の頭が蒼介の肩口に収まる。 「好き……かもしれません……だからこそ……幸せになって欲しいんです……」 うっうっ……と、嗚咽が洩れ止めどなく涙が溢れた。 「オレはおまえと一緒にいたい。どうしたらいい?」 蒼介は覗き込まれ、その目を見るとその優しい眼差しに、心が揺らぎそうになり目をキツく閉じた。 「樹……」 不意に名前を呼ばれ、思わず目を開けてしまう。 「オレにおまえの人生くれよ。そんで、オレの人生おまえに預けたい」 手を握られ、蒼介のその手を取る権利は自分にあるのか、蒼介の言葉を信じいいのか、頭の中でぐるぐると考えが渦巻く。 「目に見えないからな、愛は。不安になる気持ちはわかる」 聞いた事のあるフレーズに、 「パクリ……ですか……?」 グスッと鼻すすりながら言った。 「あ、バレた?」 クスリと蒼介は笑い、釣られて樹も笑ってしまった。 「絶対、おまえを幸せにする。信じてくれとしか言えないけど、オレを信じてよ」 「――っ、ふっ……」 その言葉に樹はまた涙する。 蒼介は樹を組み敷いた。 目の前には、優しく微笑む蒼介の顔。 (この人を信じたい……) 「あなたを好きになってもいいですか……?」 蒼介の首に腕を回すとそう言った。 「なってくれよ。てか、もう好きだろ?」 ニヤリと蒼介は口角をあげた。 「はい、好きです……」 目を瞑ると、再び樹の目から涙が溢れた。 「――っ、うっ……」 「もう泣くな」 蒼介は樹の目元にキスを落とすと唇に深く口付けされた。 その日、蒼介と体を重ねた。 目を開けるとタバコの匂いが鼻に付き、隣で蒼介がタバコを咥えていた。 「梅雨は嫌いだったけど、この雨がなかったら、おまえと出会えてなかったと思うと好きになった」 蒼介はそう言って樹の唇にキスを落とし、樹は愛おしいその人を抱きしめた。 「そうですね……」 樹は蒼介の優しいキスを受けながら、この先、梅雨になると思い出すのは、辛かった恋人との別れではなく、蒼介との出会いを思い出していくのだろうと思った。

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