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 切り花と植木鉢が店内の通路を所狭しと塞ぐ。止まない雨を頬杖をついて眺めた。  他人に合わせて自分を殺し続ける、そんな都会の窮屈さに嫌気がさして、華々しい世界を抜け出した。華道家に師事して得た花卉(かき)の知識を生かせば職はある。  そんな折、偶然見つけた花屋に最適な物件。駅から一つ目のバス停の前で、住居付き。店舗は狭いが雨除けの(ひさし)が大きい。  バスを待つ人用にベンチを置こう。病院や公会堂に行くバスは盛篭や花束が売れる。住宅地だから、グラスサイズのプチブーケや、寄せ植え用の苗もいいな……。薄暗い空き店舗がみるみるうちに色付いて見える。  翌日には契約書にサインしていた。  開店から半年、一人で営む花屋の売上はまずまず順調だ。  ところが、初めて迎える梅雨は予想外の大敵だった。なにしろ人が来ない。坂を登れば駅。雨の中でバスを待つ人はいない。  配達先の美容院のオーナーが言った。 「マサさんって子供いないの?  なら弟子を取りなよ。もう、後進を育てる歳でしょうが。うちにも毎年新しい子が入るけど、案外楽しいよ、育てるって。部屋が空いてるなら住み込みもアリだし。  業界に恩返しすること、考えなくちゃ。そのまま死んだら勿体ないよ?」  ――弟子……ですか。  ひとりの暮らしに馴染んだところなのに、今更誰かと暮らせるのか?  朝から夜まで自分の意志で生きる今の生活は快適で、都会に押し込められていた頃とは顔が違う。  狭い店内で(ひし)めく植物を見て思う。ラッピングされてここに居るのは窮屈か。植物には恵みの雨はご馳走だろうに。  レジ前の売れ残った紫陽花(アジサイ)が不憫だ。ひと雨ごとに花弁の色を変えていく時期なのに萎れかけている。  店の看板の下に地植えにしてやろう。値札を外し、スコップを手に外へ出た。  地面に降ろした途端、葉も花も活き活きとし始める。 「いい顔になった。ここがお前の場所か」  ほんの数分雨の雫を浴びただけで、紫陽花は生気を取り戻したようだ。  ここで根を張って生きていく。紫陽花の株を見て、急に今後の生活に実感が湧いてきた。

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