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第1話

額田(ぬかだ)正明の最初の記憶は、5歳の時のものだ。 保育園で迎えを待っていたら、真っ青な顔をした先生に連れられ知らない病院に行き、そこで横たわったまま動かない両親の姿を見た。 何が起こったのか分からず、正明は動かない両親の体を揺さぶりながら泣き叫んでいた。 その体を優しく抱き締めてくれていたのが12歳年上の兄、晃明(ひろあき)だった。 両親は仕事を終え、正明を迎えに行く途中でわき見運転をしていたトラックに追突され、帰らぬ人となった。 両親は死亡保険をかけていたので生活には困らなかったが、晃明は正明の将来の可能性を考えた時、それだけでは不十分ではないかと考えた。 成績優秀で特待生として高校へ入学、2年生ながら水泳部のエースとして活躍していた晃明だったが、正明とふたりで暮らすため、部活を辞めてアルバイトを始めた。 両親と同じく教師になりたいと思った晃明は働きながらも勉強し、高校同様大学も特待生で入学し、数学教師になっていた。 一方、正明はそんな兄の背を見続けて成長していた。 自分も晃明のようになりたい。 その一心で正明は晃明同様に勉学も水泳も懸命に励み、高校は特待生で入学し、兄が果たせなかったインターハイ優勝も果たし、オリンピック出場の誘いが来るほどの実力を備えた。 しかし、正明は兄と同じように教師になることを熱望していたため、固辞していた。 「ホントにいいのかよ、正明。オリンピックなんて誰でも出られる訳じゃないのに」 「うん、僕も教師になりたいから」 「ふーん。じゃ、採用試験受かったら俺と同じ学校で働く?ヨシに聞いたら空きあるか分かると思うけど」 「えーっ、お兄ちゃんと同じ学校は嫌だなぁ。僕も数学専攻だし」 「まだ受かってもないのに生意気言ってんじゃねーよ!でも、お前なら水泳も教えられるだろうから入れそうだけどな」 「そうかなぁ…」 年はかなり離れてるいたけれど、ふたりはよく似ていた。 水泳選手にしては小柄で細身のふたり。 ぱっちりとした大きな瞳をした童顔の顔立ちのふたりは、時に双子と間違われるほどだった。 「双子に間違われるなんて、俺ってそんなにガキっぽいかな?もう30過ぎてるのになぁ…」 「うーん、そうかも」 「オイ、そこ否定しろよ!!」 「いいじゃん、お兄ちゃんそれだけ若いってことじゃない」 ふたりきりの家族だったけれど、正明は幸せだった。 毎日が笑顔で溢れた日々だった。 そんな日が、突然奪われる日がやって来てしまった。

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