その日は、正明の教員採用試験の合格発表の日だった。 「んじゃ、行って来るわ。結果、サイトで見られるんだっけ？」 「うん、そうだよ」 晃明は仕事、正明はアルバイトが休みで自宅で合否が出るのを待つ予定だった。 「じゃあサイトとお前の受験番号写メさせて。昼休みに調べたいから」 「はい、これだよ」 正明はサイトのURLつきの受験票を手渡そうとするが、それは晃明の指をすり抜けて床に落ちてしまった。 「オイ、何やってんだよ！落ちたらどうすんだよ！」 「あっ、ごめんお兄ちゃん」 「まっ、今落ちたからもう落ちないんじゃね？」 晃明はそれを拾うとスマートフォンのカメラで撮影し、正明に返した。 笑顔を見せる晃明。 正明は、何故かその笑顔に不思議な感じを覚えた。 何とも言えない胸騒ぎがした。 「お前なら大丈夫だと思うけどね。じゃ」 「ありがとう、行ってらっしゃい！」 「合格してたら晩メシ寿司食いに行こうぜ」 「うん！！」 いつものような会話。 胸騒ぎを感じたまま、正明は玄関で晃明を見送った。 合格発表は午前11時となっていた。 正明は全力を出し切ったし、面接もなんとかできたので、後悔はなかった。 発表までの間に家の中を片付けようとしていた正明。 そこに、晃明の勤務先、大津学園高校から着信が入る。 念のためにと晃明に言われて登録していたが、かかってきたのは初めてのことだった。 大津学園高校は文武両道の男子高として評判が良く、晃明は理事長の息子で親友の大津善久(おおつよしひさ)から誘われて6年前から働いていた。 「お兄ちゃんかな。でもなんで学校の電話なんだろう…」 時刻は8時30分。 晃明は学校に到着していてもおかしくない時間だった。 「はい、額田です」 先ほどから感じていた胸騒ぎが一層強まった気が、正明にはした。 「大津学園高校の大津善久と申します。額田正明くんですか？」 低く澄んだ声が聞こえた。 落ち着いた口調だが、やや焦っているような印象もあった。 その名前は、兄から聞いていた名に間違いなかった。 「はい、正明は僕です。いつも兄がお世話になって…」 「正明くん、今から私がご自宅に向かいますので、一緒に真下病院まで向かっていただきたいのですが」 正明の言葉を遮る声は、少し震えているようだった。 「病院…？」 真下病院は、市街地にある総合病院であり、かつて、両親と悲しみの対面をした病院だった。 「あの…どういう…」 心臓が高鳴っていくのを、正明は感じた。 両親の死に泣き叫んでいたあの頃の自分の声が、耳の奥から聞こえるような気がした。 「晃明先輩…いえ、君のお兄様が…」 「……！！！！」 正明は、その言葉にスマートフォンを落としてしまう。 「ご….ごめんなさ…」 慌てて拾いあげるが、その手の震えが止まらない。 「もうすぐ着きますから、外で待っていて下さい。では」 電話が切れる。 「う…ウソでしょ…？」 電話での言葉が何度も何度も頭の中を駆け巡る。 『お兄様が駅のホームで意識不明の状態で倒れていたそうです。病院に到着した時には既に亡くなられて…』 「お兄ちゃん、ウソだよね？絶対僕をひとりにしないって、ずっと一緒だって言ってたじゃない！」 リビングに飾ってある写真が正明の視界に入り、思わず声を荒げてしまう。 今年の正月、一緒に近所にある神社へ初詣に行った時のものだ。 そっくりな笑顔を浮かべる2人の写真。 その写真がだんだん見えなくなっていく。 正明の目に涙が滲み、視界がぼやけていくからだ。 そこに、インターホンの音が聞こえた。 「正明くん、大津です。大丈夫ですか？」 「あ…すみません…今…行きます…」 ふらつきながら、最低限の荷物だけを持ち、正明は家を出た。