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第2話
「……何だ、ソレ」
紫煙を立ち上らせた上村(うえむら)は、何故か居座っている己の受け持ちクラスでも、教科の担当クラスでもない男子生徒が美味そうに飲む物体を胡乱気に示した。
「カキ氷ティー」
「茶にする意味はあるのか?」
キョトンとして手の内にある紙パックを掲げる浅岡(あさおか)に尋ねつつ、そういえばいつぞやも同じ質問をした気がすると青々と茂った桜並木を横目遣う。あの時はまがい物しか知らぬとのたまった、憐れな生徒に作ってやったサクラモチ片手に花見と洒落込んだ。
「ゼンザイモチティーもあるよ。上村も飲む?」
「いらねぇ」
一体どこでその様な不可解な茶を見つけてくるのだろうか。
味を想像して、だがしかし己の範疇を超えている物に断念し、溜め息をつく。
「ね、上村。オレのは?」
「ぁあ?」
嬉々とした声音に思考を戻される。とても教師とは思えない柄の悪さで、窓の桟に身体を預けフィルターを銜えたまま目を眇める。
「今日、調理実習でスイートポテト作ったでしょ?」
「ソレがどうした」
芋を柔らかくして調味料を混ぜ適度に水分を飛ばす菓子の製作に、どうしたらあれほど悲鳴が上がるのか。首を傾げつつ女生徒を指導した覚えがある。
「オレのは?」
再び言いつつ手を差し出し、先ほどよりも焦れた様な声音に聞こえるのは気のせいか。
「ワイシャツの袖たくし上げて、ネクタイ外して鎖骨が見えて、上村が作ってる時すごく格好良かったって!」
そうか。見本を示してやったが、手元は見ていなかったということか。
「……菓子作っただけだ」
授業だ。第一、現在も授業中であるはずの時間に、生徒である浅岡が家庭科準備室に居座っていること自体がおかしい。
「腹減ってるなら、購買行って何か買って来い」
あそこならば、味見程度の菓子よりは腹に溜まる食い物が多い。
素っ気無く言い放った上村に、そうじゃないのに! と声が上がる。
「上村が作ったのを食べたい!」
「別に誰が作っても同じだろ。お前の事だ、他のヤツラにもらえるだろ」
この見目だ。女生徒にモテているらしい事は教師である自分の耳にも届いている。
それに。
「俺が作った分は山下先生にやっちまった」
「山下って、山っち? 生徒指導の!?」
「あぁ。日頃の感謝を込めてな」
あとは、己の素行の悪さに若干目を瞑っていただいているワイロとして。
「ひっでー!!」
「ひどいのは、授業をサボってるお前だろ、浅岡!!」
「……あーあ。お疲れさまです、山下先生」
大声を出してしまった為、居場所が知れてしまった。せっかく、厚意で身柄を差し出すような真似はしなかったのに。
コッソリとタバコを背後に隠しつつ、乱入してきた話題の同僚に軽く会釈する。
「美味かったぞ、上村の菓子」
「ちっくしょー!!」
「先生も煽らないでください」
臍(ほぞ)をかんだ浅岡に、大人気なく嘲笑った生徒指導を嗜める。
「じゃあな。ほら、行くぞ」
悔しそうに引き摺られていく学生服に憐れみを覚えながら、にぎやかに消えていった扉をしばらく眺めた。
仕方ない。
「……次の時のは取っておいてやるか」
浅岡は失念しているらしいが、何も調理実習は今日だけではない。
薫風が細く紫煙を攫って行く中、たかが菓子一つで喚き散らす未だ子供の様な高校生を思い出し、目元を緩めた上村を浅岡は知らない。
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