13 / 19

第13話

「裂傷が酷かったけれど、応急手当は完璧だったわ。強制性交の証拠も押さえたし……あなたも辛かったわね」  救急で通された病院で、処置を終えた女性の医師がひかりの怪我の具合を説明しに現れた。家族用の控室にはアラキしかいなかったが、それを不思議がることもなく医師は丁寧な口調でひかりの具合を説明し、落ち着くまでは入院が必要と告げた。  辛かったわね、と声をかけられてもアラキが答えることはなかった。辛いのはひかりであって、自分ではないからだ。  しかし、病室で管に繋がれて静かに寝ていたひかりがアラキに気づいて目を開いた時一瞬見せた怯えに、また自身の人工知能が揺らぐのを――理解できないバグのようなもの――を感知した。 「あ……アラキさん? ここは……」 「病院だ。もう、大丈夫だから安心して寝るといい。私がずっとついているから」  ほっとしたようにひかりは小さく息を吐き出すと、アラキに向かって笑いかける。 「ごめんね、もしかしてずっと付き合わせちゃったかな……でも、アラキさんがいると安心する」  ありがとう、とこんな時まで口にしたひかりの手を、アラキはできるだけ優しい力で握りしめた。寝ていいと言ったのに、ひかりは目を瞬かせながら椅子に座り込んだアラキの顔を見上げている。 「あれ……やだなあ、アラキさん泣きそうな顔になっている」  そんなことを言っているひかりの目から涙がこぼれ落ちていく。繋いでいない方の手で涙を拭うと、「涙も塩分が入っているから、すぐに手を洗ってね」と念押しが入った。 「こんな時に、私の心配はしなくていい」  だって、と続けそうになったひかりは、不安げに視線を彷徨わせると、握っていたアラキの手のひらを自分の目元へとあてた。 「ごめん、後で手を洗ってね……でも、今だけこうしてもいいかな」 「いくらでも」  ようやく落ち着いたらしいひかりが大きく息を吐き出すと、小さく寝息を立て始める。先ほど気を失っていた時はあまりにも静かで生きているのかが一瞬判別するのが恐ろしいという『感情』すら抱いてしまった。今の自分は、かつて戦場で必要とされ、戦の終わりと共にスクラップ相当とされたNO.A-Rack12とは程遠い存在のようにすら思えた。 「……ずっと傍にいるから。早くいつものように笑ってくれ」  囁くような願いは、もう誰の耳にも届かない。    アラキはその日初めて、人が流す涙というものが羨ましいと思った。 *** 「アラキさん、今日も待たせてごめんね」  「気にする必要はない。すぐ傍に図書館があって時を過ごすのに支障はないから」  それに何とか笑い返したひかりは、アラキと連れ立って今日泊まることになっているビジネスホテルへと向かう。アラキは警察への通報を勧めてきたが、犯人などとっくに分かっているひかりが首を縦に振ることはなかった。身内だから庇いたいのではなかったが、逆恨みされて今の生活をボロボロに壊されるのは怖かった。特に、ひかりといつも一緒にいる同僚やアラキに手を出されるのが怖い。  犯人――兄は最後に会った時よりもかなり病的になっていた。   「ひかり。顔色が良くない。今日は早く休むといい」  ホテルの部屋は暖色系の照明だけで整えられており、ベッドの端に座りながらテレビを見ているうちに眠気に誘われる。ぼんやりとしながら何度も浮かぶ兄や出てきた家のことを考えているうちに目の前に立ったアラキがじっとひかりを見ていた。

ともだちにシェアしよう!