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甘願(おねだり)

その薬は、思ったよりも飲みやすくてさらっとオレの喉を通っていった。 臭いや味もとくに感じない無味無臭さが、逆に怖い。 八雲さんは薬を全部オレに流し込んだ後、親指で口の端を拭ってくれた。 いい加減、その仕草に慣れなくてドキドキしちゃうのをやめたい…。 でも、そのドキドキの感情を忘れてしまったら?って考えたら背筋が震えたから、やっぱり今のままでいい。今のままがいい。 「……どう?」 少し声が低くて、強張っていて、眉間には力が入っていて、不安で仕方ないのは八雲さんも一緒なんだ。 例え八雲さんの何かを忘れてしまったとしても、オレはきっと、好きになる。 「……何を忘れたのかわからないぐらいには、大丈夫です」 「そっか…よかった」 オレもよかったと思う。心底ほっとしてる。 けど、八雲さんの笑顔に陰りがあるのはなんでだろう? そこに触れてもいいのか、それとも触れないほうがいいのか判断がつかなくて、でも臆病なオレはけっきょく触れることができない。 オレが不安に思ってることを、八雲さんはとっくに感じ取っているはず。 それでも特に何も言ってこないということは、本当に触れられてほしくかいんだと思う。 ――八雲さんは、一体オレに何を隠しているの? ぐっと言葉を飲み込んで、ごまかすようにキスをねだる。 優しい八雲さんは、オレのおねだりを優しく受け入れてくれた。 啄むように何度もくっついては離れていく。 八雲さんの唇の感触を確かめるように、自分から食んで、安心して。 「ふは、お腹すかせた子犬みたい」 くすぐったそうに笑った八雲さんのかわいさに心臓がきゅうっとなって、もう何度目かもわからない好きを感じる。 「好き…大好き…」 「俺も好きだよ」 八雲さんからの好意を確認しても、オレの胸のもやもやが消えることはなくて。 これ以上どうすればいいのかわからなくなって、八雲さんを感じていたい一心でぴったりとくっつく。 「甘えただね」 「……いや?」 「まさか。可愛いよ」 オレの頭の上に顔を埋めて、腕はと腰にまわされて、いつもより長く長く抱きしめ合う。 八雲さんもオレのことを確かめてくれてるんだなとわかって、それがやっぱり嬉しくて、言葉なんていらなくて。 「………」 付き合ってからさんざん八雲さんに開発されてきたオレの身体は、そろそろこれだけじゃ足りないと訴えてくる。 大好きな人とキスをして、こんなに身体をぴったりくっつけて抱きしめ合って、そういう気持ちにならないはずがなく。 ビッチとは思われたくないけど、一度感じてしまった疼きはなかなか消えないということは経験済みだ。 悟った八雲さんの方から手を出してくれないかなと期待するけど、もしかしたらそれを忘れてしまっているかもしれなくて。 オレは心の中で何回も何回も練習をして、八雲さんに話しかける。 「あの」 「うん?」 「……さわって……」 バカだ、バカすぎる…。 恥ずかしさと緊張のあまり、練習したセリフが直前になって飛んでいった。 「お前……」 全然かわいくもないこんなおねだりをされたら、正直うざいって思われても仕方ない。 むしろ、ハッキリ言ってくれたほうがオレとしても楽だ。いっそのこと、ばっさりと――。 「おねだりの仕方、まじで可愛いな」 オレの思考が動き出す前に顎を持ち上げられて、舌を絡めるキスをされて。 反対の手は腰に添えられて、ちょっといやらしい触り方をしてきた。 「それで?」 「え、」 「どこを触られたいわけ?」 耳元で掠れた声で囁かれて、腰の疼きが増していく。 八雲さんは、されたら弱くなることをオレ以上に知り尽くしていて。 「お、おに…!」 目の前で楽しそうににっこり笑う八雲さんの顔を見て、早とちりしてしまったと気がついたのだった。

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