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第1話
◆ Ⅰ ◆
それは瑞貴(みずき)が大学を卒業し、伯父が経営している通信販売会社で働き始めて一週間ほど経った日のことだった。
なんの前触れもなく、突然母が言いにくそうに口を開いた。
「……あのね、瑞貴、母さん、お前に会ってほしい人がいるの」
「え?」
瑞貴はすぐにピンときた。
再婚だ――。
ここ一、二年、母が少し華やいでいるのには気づいていた。その様子に、もしかしたら、いい人ができたのかもしれないと内心思っていたのだ。
もちろん母が再婚したいのなら、背中を押すつもりである。反対する気はない。
瑞貴が小学五年生のときに父を病気で亡くして以来、母が女手一つで苦労して瑞貴を育ててきてくれたのは、間近で母を見てきた瑞貴自身が一番よく知っていた。
こうやって瑞貴が就職をした今、母には自分の幸せを掴んでほしい。
過去に、何人かの男性から結婚の申し込みを受けていたようだったが、どの人も瑞貴を幸せにしてくれそうもない、などと言って断っていたのも知っている。
母は、その可愛らしい容姿としっかりした性格から、かなりもてていた。
そんな瑞貴も母の容姿を引き継ぎ、男性にしては華奢で、中性的なイメージが拭えない。よく人から『綺麗』という形容詞で評価されたりするが、実はあまり嬉しくなかったりする。女性からアプローチをかけられるならまだしも、時々男性からも告白されたりし、困ることもしばしばだからだ。
せめて亡くなった父に似ていたら……。
何度そう思ったことか。
そんな母は、今まで看護師としてハードな仕事に就きながら、瑞貴を立派に育ててくれた。こうやって無事に大学も卒業でき、就職した今、今度は瑞貴が母に何かをする番である。
母には母のために生きてほしいし、今まで苦労した分、できるだけ幸せになってほしい。
「もしかして……母さん、結婚するの?」
だから母になるべく負担がかからないように、こちらから尋ねてみた。すると母は少女のように顔を真っ赤にして小さく頷き、消え入りそうな声で答えた。
「……瑞貴が許してくれるのなら」
そんな母を見て、瑞貴はなおさら母を祝福しなければと心に誓った。
「おめでとう、母さん。で、相手はどんな人?」
「あの……簗木(やなぎ)さんって仰って、いろいろと会社を経営されている方なんだけど、この結婚を機に、息子さんたちに社長の座を譲って、私と隠居生活をされるって言っているの」
「え? 隠居って……何歳の人?」
「母さんより二十ほど年上だから……六十五歳かしら。あ、でも、とてもそんなふうには見えないのよ。若々しくて立派だわ」
一回り以上、いや二回りに近いほど年上であることに驚きはしたが、母を大切にしてくれるなら、歳はあまり問題ないだろう。それに会社を幾つも経営している人なら、金銭的にも不自由はないだろうから、母がお金で苦労することはなさそうだ。
「息子さんたちに社長の座を譲るって……あちらにもお子さんが何人かいるの?」
「ええ、お二人。二人とも瑞貴よりも年上よ」
「年上……」
瑞貴よりも年上なら、後妻を苛めるような子供っぽい真似をすることはないかもしれない。
まるで娘を嫁に出す父親の心境になり、ついつい母の再婚相手を値踏みしてしまう。
「じゃあ、病院を辞めるの?」
「ううん。簗木さんも息子さんたちも理解ある人たちで、私が仕事を続けたいなら、今のまま仕事は続けてもいいって。家事もできる範囲でいいし、それこそ隠居する簗木さんが、いろいろ家事を手伝うって仰ってくださるの」
「母さんの仕事に理解を示してくれる人でよかったね」
「ええ、でも……」
母が急に眉間に皺を寄せ、困った顔を見せた。
「どうしたの?」
「一つだけ瑞貴に言わなければならないことがあるの」
可愛らしい顔に似合わず、いつもはきはきとして、鬼の看護師長としても名高い母が、珍しく躊躇した。どうしたのかと不安になりながらも、瑞貴はそんな母を見つめた。
「なに?」
「あの……あのね、簗木さんって……」
「簗木さんって?」
「その……」
母にしては歯切れが悪い。
「その?」
「じ、実は、ヤ、ヤクザなのよね!」
「ヤ、ヤクザっ!?」
予想外の告白に、瑞貴は椅子から転げ落ち、天地がひっくり返る。
「か、母さん~っ」
瑞貴の声は天井へと吸い込まれていった。
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