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第6話
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「行ってらっしゃいまし、坊ちゃん」
会社の真ん前で、いかにもヤクザという強面の男が二人、深々と瑞貴に向かって頭を下げる。その光景からして、何も知らない人から見れば、瑞貴がヤクザの幹部だと間違われそうだ。きっと今ここにいる通行人の何人かは、そう思っているに違いない。
今日も今日とて、結局送迎は続けられた。
昨夜、あれから夕食時に義父や母に会ったのだが、義兄の雅弘も同席しており、送迎をやめてほしいと言うに言えなかったのだ。それに、雅弘から言われた内容がまんざら適当なことではなく、いろいろ考えた結果、このまま続けたほうがいいのかもと思えたからだ。
たぶん瑞貴の危険察知能力はヤクザの世界に身を置くにしてはなさすぎる。
瑞貴は以前と変わらぬ生活をするために、カタギとして何も組の情報を教えてもらっていない。まったく組とは無関係の人間にしてもらっている。
それゆえに、もしかして抗争か何かがあって、やむを得ず瑞貴の送迎を続けているなど理由があるのに、それらを知らされていない可能性もあるかもしれない。
そう思うと、そうそう安易に送迎をやめてくれとは、口に出せるものではなくなってしまったのだ。
結局、今日も昨日と変わらない光景を会社の前で披露するハメに陥っている。
いつかこの光景はなんでもない日常になって、通り過ぎていく人も振り向かなくなる日が来るんだろうか……。
あまり嬉しくない未来を思い浮かべながら、会社のエントランスに向かって歩いていると、いきなり声をかけられた。
「瑞貴」
声がしたほうに顔を向けると、植え込みのところに、見覚えのある一人の男性が座っていた。
「さ、佐橋(さはし)先輩!」
そこに座っていたのは、高校時代の部活、剣道部の一年上の先輩だった佐橋秀和(ひでかず)という男であった。高校時代、よくしてもらっているし、剣道部のOBは卒業しても連絡を密に取って飲み会などを開いていることもあって、未だに縁が続いている仲である。
「よかった。お前んチに電話しても、通じないし。お前が大学卒業したらここに勤めるって前に聞いていたから、待ってみたんだ。会えてよかった」
「あ……すみません、最近、引っ越したので……」
佐橋とは一年ほど前に、剣道部のOBの飲み会で会ったのが最後で、瑞貴が卒論やら母の結婚などでバタバタとしていたこともあって、それから会ってはいないし、連絡も取っていない。だからこんな場所で彼が待ち伏せのような状態で待っていることに、しばし驚いた。
「佐橋先輩、どうしたんですか? こんなに朝早くから」
「いや……そのさ、久々にお前の顔が見たくなってな。その……今夜、一緒に飲まないかな、って思って待っていたんだ」
その歯切れの悪さから、何か相談ごとでもありそうだ。高校時代、とても世話になった先輩の一人なので、どうにか都合をつけて話を聞きたい。
だが、終業後の夜の外出はなかなか難しいものがある。瑞貴を迎えに来ている組の男たちを、ずっと待たせなければならないからだ。
いくら先に帰ってくれと願っても、瑞貴を置いて帰ることは断じてない。彼らは頑として譲らず、瑞貴が帰るのを待つのだ。
しかも飲み屋の前で立たれた日には、店主から営業妨害だと怒られ、早々におひらきにしなければならないこともあって、いろいろと神経を使う。
そんなことが続いて、瑞貴もよほどのことがない限り、残業が終わった後は、なるべくそのまま帰るように心がけていた。
「先輩、申し訳ないんですが、残業もありますし、諸事情で、仕事が終わるとすぐに家に帰らなければいけなくて……」
「あ……なら、昼は……ランチはどうだ? あまり時間はとらせない。この近くの店でいいから、ランチに付き合ってくれないか」
ランチか……。ランチなら大丈夫かな。
「じゃあ、十二時少し過ぎにここで待ち合わせでもいいですか?」
「ああ、無理言って悪いな」
それまで沈んでいた佐橋の顔がパッと明るくなる。よほど何か悩みごとでもあるのかもしれない。
瑞貴は何か力になれたら……と思いながら、その場を離れたのだった。
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