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第2話
大通りに出て大きな交差点の信号機を渡り、道路の反対側まで半ば強引に肩を抱かれたまま歩いて行くと、男はどういうわけかそのままネオン街へと足を向ける。
一体どこへ向かってるんだ? なぜ俺がこいつについて行かなければならないんだ。
「ちょ、いいかげん離せよ! どこ行くんだよ!」
「まぁまぁ。あ、ここでいいか」
そう言うと男は諒太の肩を抱いたまま片手で器用に傘を畳み、通り沿いのラブホに入るなり「あんた部屋拘りあるほう? どこでもいい?」と手慣れた様子で空室の部屋を選んだ。
「な……?」
一体、何がどうしていまこの状況なのだろう。あまりの驚きに諒太は唖然と男を見つめる。
「待て待て待て! 何する気だ、おかしいだろ! 何で俺が……」
バーで顔を合わせた程度のよく知らぬ男になぜかラブホに連れ込まれそうになっている。
言いたいことは山ほどあるが、突然の想定外の出来事に頭がパニックになっていて上手く言葉が出てこない。
「何でじゃないだろ。とっとと部屋入ろうぜ」
「だからっ、意味がっ……」
男は勢いよく諒太の手を掴んでそのまま止まっていたエレベータに乗り込み、目的の階へ着くとチカチカと明かりの灯った部屋の前に立った。
これはヤバい──思った瞬間、諒太はあっという間にその男によって部屋に引きずり込まれてしまった。
部屋に入るなり、男が諒太の腕を掴んだまま壁に押し付け唇を塞ぐ。
「ん、ふっ……やめっ」
──なんで、俺がこんな目に!
諒太は男の腕を振り払ってドアに手を掛けたが、いくら押しても引いてもドアはびくとも動かない。
「くっそ、なんで開かねぇ!!」
それでも必死にドアを開けようとする諒太を見て、若い男が初めて表情を緩め小さく吹き出した。
「ちょっと、お兄サン。マジ……? ラブホ初めてとか? 精算しないとそのドア開かないけど。つうか、まだ何もしてないのになんで帰ろうとすんの」
「何も、って! おまえと俺が何するっていうんだ、こんなところで!」
「何って、ラブホですることっつったら一つしかないだろ」
「は⁉」
「“は⁉”って何。こっちが“は?”だよ。店で合図したのそっちだろ?」
「……合図? 俺が? 何の?」
全く意味が分からない。諒太が店にいたのはほんの十五分、いや長くて二十分。
店自体の雰囲気は悪くなかったが、この若い男の視線が妙に居心地が悪くて、ビールを一杯だけ飲んですぐに店を出た、それだけだ。
「あんた、コースター弄ってたろ」
「……え?」
コースター? ああ、確かに。でも、それがどうしたというのだ。
「あの店、俺みたいな連中……つまりゲイ仲間界隈ではわりと有名な店で。カウンター席で連れのいない男性客がコースターを裏にひっくり返すのが同じカウンター席に座る男へのいわゆる誘いの合図なんだよ」
「誘いの、合図──? って、あ⁉」
確かに諒太は店で手持無沙汰にコースターを弄って──裏に返したまま店を出た、かもしれない。それが思いきり表情に出ていたのだろう。若い男が諒太を見てにやりと笑った。
「だから、誘ったのはあんただ」
「そ、そんなこと……! 俺は何も知らなかった」
「それはあんたのほうの事情だろ? こっちはこっちでルールに則ってんだ」
そう言った男が再び諒太の寮腕を掴んで壁に押し付けた。
背の高いその男が諒太を見下ろす。濡れた明るい髪の毛先から雨の雫が滴り落ちた瞬間、男と目が合った。キラキラと濡れたビー玉のように輝く瞳。
──なんて、綺麗な目だ。そう思ったときには再び男に唇を塞がれていた。
「う、っ」
ああ、最悪だ。雨宿りに偶然立ち寄ったバーで酒を飲んだだけで、どうしてこんなことに──。
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