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第1話

 ――彼には一瞬の隙も与えてはいけないと  判って居た筈なのに其の隙を与えて仕舞ったのは只の失態。受け入れて貰えるかも知れない、そんな油断が在ったのだろう。  ――――莫迦な男。  地下室の扉を開ければ光の差し込まない其の室内は薄暗く、長椅子兼寝台の上には小さく背中を丸めた大きな鼠の姿が在った。 「振られちゃった?」  室内に残された姿を見れば瞭然。爪を噛む音が一時止み、部屋の主ドストエフスキーは扉前に佇むゴーゴリへ緩と視線を向ける。  求めるよう伸ばされた両手に導かれ長椅子へと近寄ると、ドストエフスキーの両腕は其の儘ゴーゴリの腰に絡み付く。 「――『下衆』や『死ね』と最後迄云われ続けました」 「其れは迚も哀しい」  意図的かと思える程顕著に下腹部へと擦り付けられる頬。引き攣る表情に笑顔を貼り付け、子供をあやす様に頭を撫でると、其れすら不服と云うように無言の儘ゴーゴリの脚衣を下へと引っ張る。  言葉で傷付くのならば、せめて言葉で示して欲しいと今迄何回此の男に思っただろうか。此の純粋な悪の塊は頭の回転が速過ぎて時折伝えなければ為らない言葉を単語化して口から放つ事を忘れる時が有る。 「ドス君が本気で口説き落とそうと思えば、彼だって落とせなくは無いのだろうね」 「何の話ですか?」  自分自身の事に対してはまるで判って居らず見上げた儘首を傾ける様子に、両肩を竦めつつもゴーゴリは腰帯の金具を音を立てて外して行く。  言葉では表さない癖に、子供の様に欲望には忠実で。せめて意図を読み先回りで行動に移す事が必要以上にドストエフスキーの機嫌が悪く為る事を避ける方法であると、ゴーゴリは此れ迄そう立ち回って来た。  腰帯を緩め前立てを寛げれば執拗にドストエフスキーが腰を抱き寄せて来るので、片脚ずつ脚衣から抜いて膝で長椅子に上がればドストエフスキーは脱いだ脚衣を部屋の隅に放る。 「両手を後ろに」  此れは時に拠って異なる。黒い目隠しを目前から後頭部に回しつつドストエフスキーは一言そう云う。其の言葉通りゴーゴリは両手を自らの背中へと回して腰の辺りで交差させる。――只、其れ丈――ドストエフスキーが能動的に施す目隠しと、ゴーゴリの同意を以て為せる言葉の拘束。其れでも見えない拘束は絶対で、仮令体勢の均衡を崩しそうに為ってもドストエフスキーの許可が無い限り勝手に解いてはいけない拘束。其れを現状で完璧に遣り遂げる事が出来るのは今の処ゴーゴリだけだった。  長椅子の手摺を枕にするようゴーゴリの躰を横に寝かせる。交差させた両腕の上に自らの上半身が乗る形と為れば必然と動かす事は難しく為る。  動くな視るな、其れならば空気人形でも抱いて居れば善い。ドストエフスキーが其れを行わない理由は虚しさといった物では無く、其れを実感する度ゴーゴリは割れそうに為る心を必死に抑えて叫び出しそうに為るのだった。 「此の儘挿れても善いですか?」  慣らす事もせず未だ硬く閉ざされた儘の蕾へと宛てがわれたぬるつく欲の先端。  二の句が告げられぬ程にゴーゴリの口許が歪んだのは刹那の瞬間。 「ドス君のせっかち! 勿論善いに決まって居るね!」  ――――アァモウ、壊レテ仕舞イタイナア!

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