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第5話

ぴちょん、と水の音がする。ぼんやりとする頭で意識的に瞬きをした。睫毛に付いた水滴が瞳を潤す。発情期の昂りは、1度出してしまうと暫くは緩やかになり、気持ちも安定する。 「香山さん」 「……ん、なに」 バスタブの縁に頬を乗せて目を閉じた。狭いけど気持ちがいい。風呂場で男2人、身動きも出来ない。 「まだ足りなかった?」 頭に口付けてぎゅうと後ろから抱き締められる。 (足りないよ、いつだって僕は君が足りない) 「もう充分、お腹いっぱい」 建前で塗り固める僕は、いつか君が僕の元を去ってしまう日が来ても大丈夫なように必要以上は求めないようにしている。 「ね、香山さん」 「なに?」 「俺が嫌になったらちゃんと言ってね」 小田くんの声が浴室で静かに響いて、思わず唇を噛み締めた。 「なんでそんな事言うの」 「だって、今ならまだ間に合うよ」 首筋の後ろを撫でられて、体がビクリと震えた。 「あなたはまだ、俺から逃げられる」 逃げたいなんて思ったことがない。離れたい、なんて考えたことがない。いつか、僕の元を小田くんが離れていくことはあったとしても、僕が彼から去る未来は1度も考えたことがなかった。 「それは僕が1度、番を解消したから……?」 「違います」 「僕が、誰彼構わず寝るような男だから……?」 「そんなこと、俺と付き合い出してからは1度もないでしょ」 「じゃあなんで?」 「番になって、苦しかったんでしょ?」 ぴちょん、と水音がする。 「他のアルファに引き付けられる発情期は不安定なまま、相手とも上手くいかなくなって、それでも番の運命に縛られて嫌でも離れられなかったんでしょ?離れるとき、すごく苦しかったんでしょ?」 耳元で囁かれるその声はとても優しいけれど、胸が苦しい。 「結局、俺が臆病なんですよ。番になって苦しむあなたを見たくないから」 僕は小田くんの腕を振りほどいて振り向いた。 「僕はね、小田くん。君が僕をなんで番にしてくれないのか、ずっと考えていたよ」 「そうですか」 彼の腕を掴んで首筋に歯を立てる。僕がこんな行為をしたって何の意味もないことは分かっている。でも、いつか。 「いつか、君は僕のものになってくれる?」 いつか、彼と共にある未来を描けたら。 「あなたは俺の、大好きな人です」 そう言って抱きしめてくれる小田くんの首元に顔を埋めて、彼の匂いでいっぱいにする。誰よりも優しくて、誰よりも僕のことを思ってくれる君が僕も好き。 (でも、君はズルイね) それは永遠を約束するものじゃないけれど、心は満たされていた。 「好きだよ、僕も。君のことが、大好きだ」

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