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第14話
~数ヶ月後~
「てちゅ!」
まだ少し寒さの残る晴れた日の夕方、直を連れて家に帰ると玄関の扉の横に徹が立っていた。すぐに気付いた直は徹のところまで走って行ってダイブする。それを受け止めて徹は「まだちゃんと言えねぇのか、猫パンチすっぞ?」と言った。
「徹、おかえり」
「た……だいま」
俺の顔を見ると、徹は照れ臭そうに腕に引っ掛けていた紺色の傘をこちらに差し出した。
「まだ使うだろ? お前にやるよ」
人は居ないが、人目など気にせずに直ごと徹を抱き締めた。
「てちゅ、パパとけっこんしゅるの?」
「いや、徹は――」
「する」
ハッキリとした返事に思わず徹の顔を確認してしまった。至って真面目だった。
「なあ徹、直が理解してないからって無理して言わなくて良いんだぞ?」
「無理じゃない、結婚する。あんたらを幸せにする」
何度見ても、徹の顔は至って真面目でこちらが照れ臭くなる。
「馬鹿、もう幸せだよ」
そう言いながら照れ隠しに俺が軽く背中を叩くと徹は八重歯を見せて、にへっと笑った。
――ああ、もう可愛いな……。
妻のことは愛していた。今も、その気持ちは忘れていない。ただ、同じ気持ちを徹にも抱いている。俺は徹を愛している。これから先も愛していく覚悟がある。だから、どうか、先に進むことを許してほしい。
「徹、俺の名前呼んで」
「は?」
「名前だよ。お前、俺のこと一度も呼んでくれてないだろ?」
「な、名前って」
「忘れたとは言わせないぞ?」
玄関のカギを開けながら、徹に無理難題を押し付けてみた。徹の性格では素直に俺の名前を呼ぶことは不可能だと分かっている。
「パパ!」
「ん? うん、直はそうだな」
リビングに向かいながら直を褒める。チラッと徹を見るとぐぬぬっという顔をしていた。
「……っ、いち……」
「え? なんだって?」
「くそ、じじいかよ」
「こら、暴言吐くな」
「ああ゛! ……き!……ぃち、さん……」
耳まで真っ赤にして言う姿は本当に可愛い。俺はいつからこんなに意地悪になってしまったのだろうか。
「んー、まあいいか、よくできました!」
「パパ! なおも!」
「よしよし、よくできました!」
笑いながら二人の髪を乱す。やっと、梅雨が終わりを迎えたと思った――。
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