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第13話
「……な、お……?」
目を覚まして数秒後には息子の名を口にしていた。ピピッ、ピピッ、という規則正しい音が聞こえている。いま自分の居る場所が病院のベッドの上だと気付くのに、さほど時間は掛からなかった。直はベッドの上の俺の右隣で眠っていた。
「……徹……?」
ならば徹は? と思い、名前を呼ぶと「ごめん」という言葉が返ってきた。直ぐ横の椅子に座っていたのだ。俯いて、表情が見えない。
「……徹は何も悪くないだろ……? ……気付いてやれなくてすまなかった……」
今は何を聞いても頭が痛む。それでも会話を止める気はなかった。個室に言葉が響く。
「違う。俺、こんなだから他校の奴らに絡まれるのも日常茶飯事だし、親父に殴られたことを誰かに話しても喧嘩したんだろって言われるのが当たり前なんだよ」
「……それは違うだろ?」
痛む頭を押さえながら身体を軽く起こして、俺は徹の右腕を掴んだ。今にも泣き出しそうな瞳と視線が合致する。
「だから! だから……、本当はこうなるんじゃないかって思ってたんだよ。巻き込んじまうかもって……、でも捨てられなかったんだよ」
徹の口から、その言葉が出て嬉しいと思った。このちっぽけな幸せを捨てられなかったのは俺も同じだ。
「俺だってそうだ。お前に子育ての手伝いが目的だって勘違いされるんじゃないかって、いつも怖かった。本当はお前のことが好きなんだよ」
妻のことは勿論愛していた。今だって、その気持ちを忘れたわけではない。ただ、同じ気持ちを徹にも抱いてしまったのだ。
「俺のこと迷惑だって思ってるだろ? 嫌いになっただろ?」
徹に、まるで好きでいてほしいと願われているようだ。
「好きだよ」
この気持ちは変わらない。
「嫌いになれよ」
いくら嘘で望まれても。
「好きだ」
嫌いになれるはずがない。
「嫌え……よ……」
徹が子供みたいに、ぼろぼろ涙を流して泣き始めた。本当は泣きたくても泣けなかったのは徹の方だったのかもしれない。
「……嫌え……っ」
「可愛いな、お前」
「……っ」
力の弱った両手で徹の腕を引っ張り、泣き顔が近付いたところでキスをした。年下で、未成年で、しかも同性の徹にこんなことをして俺は許されるだろうか。
「あ、あんた……」
徹の顔が赤いのは泣いたのが原因じゃなさそうだ。濡れた瞳でたくさん瞬きをして、戸惑って、本当にすまないと思う。
「なんて顔してんだ。こっち来い」
ふふっと笑いながら俺は徹を強く抱き締めた。徹の前で涙を流した俺が言えたことじゃないが、これでお相子ってことだ。
そして暫く、俺は直と徹に挟まれるようにベッドの上で横になっていた。病院でも川の字で寝るとは思っていなかったが看護師さんが来たら叱られるだろうなとは思った。
「……親父、警察に捕まった」
ぼそりと、また徹が話し始めた。
「……俺、未成年だから、あと何ヶ月かは施設に行くことになる。だから……」
「高校卒業したら、傘、返しに来い。直と待ってるから」
卒業なんてすぐだ。
「俺の気持ちは変わらないよ」
そんなことを言いながらも、癖で徹の身体もトントンと叩いていることに気付く俺であった――。
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