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第12話
それから毎日、徹は俺と直のもとに帰ってきた。家に人が一人増えただけ、それでも、俺の生活は大きく変わった。心の疲れも身体の疲れも軽くなったのは気の所為ではないと思う。
「また喧嘩したのか?」
今日も徹は口元に血を滲ませて家に来た。土曜日ではあるが、休日も一緒に過ごすようになったのだ。まだ、ずっと雨が降り続いている。
「直はまだ寝てるよ」
キョロキョロと直を探す素振りを見せた徹に言ってやる。午前十時だが、寝坊助の直はまだまだ起きる気は無さそうだ。
「手当してやるから、ここ座れよ」
クローゼットから救急箱を取り出して、ソファを叩き徹を呼んだ。バツが悪そうな顔をして隣にやってくるのは消毒薬を嫌っているからだろう。
「また派手にやったな」
手で顔を包むようにして親指で傷付いた口の端に触れた時だった。
「……っ、徹?」
突然、首を動かした徹に親指を甘噛みされた。そのままガラの悪い目付きで見上げてくる。ゆっくりと親指を抜き、下唇をなぞると徹は静かに瞳を閉じた。心臓がドクン、ドクンと脈打つ。
――なんかエロいな……。
「手当は要らない」
徹の頭がスッと下に下がり、俺の膝を枕にして横になった。
「なんだ? 甘えてんのか?」
柔らかい猫っ毛をそっと撫でる。
――危なかった、もう少しでキスしてしまうところだった。
気まずさから話題を変えなければ、と思った。
「……あのさ、徹、高校卒業したら――」
ピンポーン……
今後の話をしようとして、途中でインターホンのチャイムが鳴った。「ちょっとごめんな」と言って徹から離れ、インターホンのマイクをオンにする。
「宅配です」
画面の向こうから男の声がした。青い帽子を被った姿が映っている。
「あ、はい」
宅配なんて来る予定があっただろうか? と思いながらもハンコを持って玄関に向かう。
「え?」
カギを開けた途端、ぐっとノブを引っ張られ扉を全開にされた。
「徹!」
男が怒鳴りながら勝手に部屋に押し入ってくる。
「どなたですか!」
必死に男の身体を外に押し戻そうとしたが止まらずに靴のままリビングにまで入られた。
「こいつの父親だ」
「親父……」
徹の父親と名乗る男が徹を指差すのと徹が言葉を発したのは、ほとんど同時だった。ツカツカと徹の父親が徹に近付いていく。
「帰って来ないと思ったら、男の部屋に転がり込んでるだと? ふざけるな!」
「っ……!」
胸倉を掴み、徹の父親が勢い良く徹の顔面を拳で殴った。その動きは止まることなく、ソファからカーペットの上に転がった徹の身体を執拗に足で蹴る。
――まさか、徹の怪我はこの父親が?
「やめろ!」
敬語でなんて悠長に話していられない。すぐに俺は徹の父親の身体を後ろから羽交い締めにして止めた。
「うるせえ!」
「っ、あんた酔っ払ってるのか!? これは虐待だぞ!」
男は酷く暴れた。アルコールの臭いが強い。どう見ても正常ではない。
「これは躾だ!」
「違う! 警察呼ぶぞ?」
「うるせぇな!!」
「ッ!!」
まさか自分が負けると思っていなかった。腕を勢い良く振り払われ、その反動で俺は背中から後ろに倒れた。運悪く、そこにはテレビの乗った台があり、鈍い音と共に後頭部に鈍痛が走った。
「あ、ああ……あああ」
視界の端で男が後退って転がるように玄関の扉を開けて逃げていく姿が見えた。
「おい! 大丈夫か!」
徹が複雑な表情で俺の顔を覗き込んでいる。身体が動かない。ドクドクと脈打つ頭が、まるで心臓になってしまったみたいだ。
「パパ……?」
「な、お……」
怖くて隠れていたのだろう、寝室の扉から直がそろりと出てきた。だが、もう意識を保てそうにない。
「おい! しっかりしてくれ!」
「て……つ…………」
ごめんな――。
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