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第3章 一人のオメガと一人のアルファ(1)

ご覧いただきありがとうございます。 とりあえずの1話。アップします。 ୨୧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈୨୧  ふわりと意識が浮上すると、森生潤は自分の身体がなにか温かいものに包まれていると自覚した。  すっきり目が覚めてしまったので、視線を巡らす。いつもの自分の部屋に似ているけど、少し暗めのトーンの部屋……。そうか、双子の片割れの颯真の部屋だったと思いつく。  寝返りをうつと、やはり目の前には颯真がすやすやと眠っている。そう、潤は颯真のぬくもりに包まれていた。熟睡しているのに決して潤を離そうとしないのだ。  嬉しい反面、呆れも半分。もう自分はどこにも逃げないし、拒絶もしないのだが、抱き寄せてないと安心できないのだろう。  それはきっと、彼のこれまで辿ってきた道が過酷であったことの表れ。その長くて果てしないと思われた道のりを、潤は改めて思う。  一昨日のことだ。  十二年前の、初めての発情期の記憶が戻った後、潤は颯真からその顛末を教えてもらった。  潤が、誠心医大横浜病院の特別室で一人、初めての発情期で喘いでいた頃、颯真は父親の書斎で両親と対峙していた。双子の弟が自分の番であると以前から確信を持っており、番うつもりだと決意を明らかにしたという。  当然ながら両親からの反対は明らかで。とくに、父、和真の反応は苛烈だったという。父の言葉は、その後の颯真の行動を大きく縛ることになったようだった。 「お前はアルファだ。耐えろ」 「……それは潤に選ばせるということ?」 「そうだ。いいか、これに関し、お前に選択権は一切ない。  潤がお前を選んだのであれば、考えてやらないことはない。  でも、潤がお前を選ぶ前に、お前が潤を番にしたら、俺は問答無用でお前と潤を引き離す」  その決意に、颯真は圧倒され、息を飲んだ。 「番であっても……?」 「そうだ。番であってもだ。  その重さを、お前は肝に銘じろ」  なんと厳しい言葉だろうと潤は思う。  アルファは人の上に立つ才能を生まれながらにして持つ性と言われている。  森生一族はアルファとオメガの性を持つ人間が多く、オメガにも能力があればアルファ同様のチャンスは与えられる。しかし、世間を見ると、霞ヶ関のキャリア官僚や企業、組織のトップなどにアルファの割合は高いとされる。それだけ重い責任と優れた能力を持つアルファがいるということで、結果的にアルファが社会を動かすことも多い。  そのため、颯真が医師免許を取得する際に活用しまくったアルファのみに認められた飛び級システムを始め、ベータやオメガよりも優れた才能と能力を持っているがゆえ、それらを社会に還元することを目的とした特権も多く、彼らは特別視される。  なのに、そのアルファである颯真が、オメガの弟である潤を守るために、自分の欲を押さえ、忍耐を強いられてきた。  颯真は、双子の弟に選ばれる日を待ち望みながら、父の言葉を守り、常に自分を律し、弟を見守ってきたのだ。  潤はそれを聞いて、颯真の自分への深くて尽きない愛情を感じた。と同時に、この十二年間の颯真の焦りと不安と孤独と苦しみも想像した。  颯真が、本当にこの言葉から解放されるには、潤が颯真を番と選ぶだけでは、おそらく叶わない。  兄弟で番うことに対し、両親の承諾は必要不可欠であるように思う。  唯一の肉親に反対されたくないとか、祝福されたいとか、そういう感情はもちろんある。しかし、それよりも颯真が父の言葉にとらわれたままであるように思えるからだ。  それほどまでに、和真の言葉は重く、颯真をずっと縛り続けるに十分な威力を持っている。 「……ん」  頭上で眠たげな声が聞こえた。  颯真が目を覚ましたらしい。 「……起きた? おはよ」  室内が少し乾燥しているのか声がかすれた。潤は咳払いをする。 「……おはよ。声、大丈夫か」  さすが。少しかすれただけでも違和感として拾うみたいだ。颯真の手が、潤の額に伸びる。 「大丈夫……。少しかすれだけで」  それより、潤は颯真の顔色が優れない方が気になっている。そう言うと、颯真はさすがに最近は仕事が多忙で疲れていると釈明した。寝起きから顔色が優れないとは、どれだけ疲れているのだろうと心配になってくる。自分の体調を優先してほしいと思う。  とはいえ、そんな颯真に心配を掛けっぱなしなのは潤の方なのだ。  一昨日、松也に媚薬を盛られ、想定外ながらも颯真に気持ちを伝えて受け入れられた。その安心感が反動となったのか、はたまたストレスなのか疲れなのか、祝日だった昨日は情けないことに熱を出してしまい、ずっとベッドの上だった。  幸い夜には熱が下がったが、颯真としてはやはり心配なのだろうと思う。 「熱は大丈夫そうだけど、今日は会社に行くのか?」  その問いに潤はもちろんと頷く。 「うん。今朝は廉が来る」  今朝は久しぶりに江上と一緒に出社する予定なのだ。  すると颯真は何かを思い出したようだ。 「そうだった。久しぶりに三人で朝ご飯を食べようって連絡しておいたんだった」  これまで居を別にしていた颯真から朝食の誘いが来たとなると……と潤は思いをはせる。  勘の良い彼のことだ。潤と颯真の事の顛末について、説明する前に想像が付いているのかもしれないとふと思った。  颯真が身を捩り、スマホの時計を確認する。潤がすっきりと起きられることはあまりないが、颯真は昔から寝起きがいい。 「お前はまだ寝てていいよ。後で起こしにくるから」  潤の前髪を指で梳いて、瞼の上にキスをする。そして潤の横から這い出た。  その温かい手に潤は少し未練を感じた。    今日は水曜日だ。祝日明けの週の中日。  あれから何が変わっただろうと思う。  平日に、日勤シフトの颯真が、この時間に起きて朝食を準備することは、ここ最近ご無沙汰ではあったものの、これまでの日常と変わりはない。  自分が颯真の部屋で、彼と一緒に寝ているのはこれまでとは少し違うが、結局は想いが繋がり合っても、大して自分達の関係性も生活も、変わっていないと潤は感じる。  きっとこれからもそうだ。いつものように颯真は潤を起こしにやって来て、抑制剤を打つのだろうと……。  そう思っていたら、やはり颯真は聴診器と注射剤のキットを手にしてやって来た。  颯真がベッドの縁に腰掛ける。 「熱は大丈夫そうだけど、心配だから念のために胸の音だけは聞かせて」  潤は布団のなかで頷いた。それを確認すると颯真はごめんね、と断り掛け布団の中に手を入れてくる。  器用にパジャマのボタンを上からいくつか外され、人肌に温められたチェストピースが肌に当てられた。  潤も颯真の診察を邪魔しないように心がける。颯真の手が潤の胸の上をいくつか滑りながら、無言で診察が進む。 「ん、少し呼吸が速いけど問題はないな。あと、抑制剤だけ。ささっと打つな」  すぐに終わるから、と窘めながら、颯真は手早く注射キットを準備する。アンプルから薬剤を引き抜き、潤の腕を露出させると素早く脱脂綿を滑らせて、肌に針を刺す。  潤の身体が少し動いたのを、颯真が窘めながら薬剤を入れていく。 「薬剤を入れるとき痛むけど……、すぐ終わるからちょっと我慢な……。ん、終わった」    颯真は注射キットを片付けながら、先日渡した抑制剤は飲まなくてもいいからと潤に指示をする。 「やっぱり一緒に住むなら俺が診て、投与したほうが調節もきくし、確実だからな」  それに潤も頷いた。  やはり、年末の発情期より前の関係性が戻ってきたようでもあった。安堵できる距離感。   「さて。そろそろ身支度を始めろよ。廉も来るだろうしな」  颯真の言葉に潤は、うんと頷いた。  颯真のワイシャツからでも分かる精悍な背中と腰を見つめる。しかし、と潤は改めて思うのだ。  これが自分のアルファなのだと。

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