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プリントアウトされたメールにはビジネスライクな挨拶文と、ざっくりとした質問が箇条書きで書き連ねてあった。
タイトルは「御社森生潤社長の兄弟間における蜜月関係について」。
拝啓、時下ますますご清栄のこととお喜び申し上げます、と挨拶が入り、ビジネス文書風に始まったメールだが、簡素ながらも、最後まで読むと穏やかではない内容だった。
「弊誌では、表題の件につきまして連休明けに記事化を進めております。恐れ入りますが、内容をご確認いただき、御社としてのコメントをいただければ幸いです」
(1)森生潤社長と実兄である森生颯真氏との関係性について。弊誌ではお二人が兄弟ながらも兄弟以上の親密な、アルファとオメガとしての番関係であるとの事実を把握しております。兄弟としてそのような関係は倫理的に許されるものとのご認識か、また社会的立場のある同氏とそのような関係が他に及ぼす影響など考慮されてのものか、具体的にコメントをいただければ幸いです。
(2)添付の写真についてコメントをいただきたく、よろしくお願いします。
潤は添付された数枚の写真に視線を移す。プリントアウトしてくれたようだ。拡大されると余計わかりにくいが、どこだろう。解像度が荒いから手を繋いで仲睦まじく歩いてる様子や向き合って笑い合っている様子はわかるのだが……。
見ているうちに潤は気がついた。これは川崎大師でのやりとりだ。
少し嫌な汗が背中を伝った。
どうしようと、まずは思った。
あの時は特段イチャイチャしているわけではないと思った。だけど、実際このように客観的にな風景として見せつけられると、確かに甘い雰囲気を漂わせているし、兄弟などよりむしろ恋人だと思われるだろう。
たしかに、あの時は恋人として見られても良いと思っていた。周りの人々は兄弟とは知らないから。しかし、このように写真に押さえられてしまっては、どうにもならない。
「社長?」
飯田が気遣うように呼びかける。潤は意識して、軽く頷いた。
「……ええ。これは私と兄の颯真です」
内心では、迂闊だったと、後悔が押し寄せる。
なんで、あの時撮られたんだろうか。
どうしよう……。
あれだけ、大丈夫だと大見栄を切ったくせに、いざこのように問いただされると動揺してしまう。こんなに早くに……いや、颯真とのことを、このような形でキャッチされて、晒されることになろうとは。正直、動揺していた。
あれだけ、皐月会では言い切ったはずなのに、なんの覚悟もできていなかった。
いや、覚悟はあった。
こんなふうに、突然やってくるとは思ってもみなかっただけで。
「飯田さんには、この写真はどのように見えましたか?」
潤の問いかけに、飯田は少し首を傾げた。
彼は、きっと潤に忖度しないフラットな意見を聞かせてくれると思ったからだ。
「ぱっと見、仲が良さそうなカップルだなと思いました」
潤が飯田を見ると、少し困ったような表情。潤も察して頷いた。
「困るような質問をしてしまい、すみません。でも、飯田さんは率直に言ってくれると思ったので。やはりカップルに見えるってことですね」
「社長……」
「すみません。僕の、個人的なことで」
そう頭を下げると、飯田は「止してください」と潤の肩に触れた。
「まずは事実確認です。社長、これに書かれていることは、本当なんですか」
飯田を見ると、真剣な眼差し。
ここでイエスかノーで会社の対応が変わる。偽るわけにも、繕うわけにもいかない。
「まだ番ってはいません。しかし、おおよそ事実です」
潤の言葉を覚悟していたのだろう。飯田が息を呑んだのがわかった。
潤は左手に着けている白金のリングに触れた。そこに飯田の視線が誘われたのはわかった。
「それは、お兄様からですか?」
「ええ……。
次の発情期で番うと。両親や一族の了承を得ています」
そう潤が言うと、飯田はそうですか、と頷いた。
「もう少し早めにお話くだされば……」と言われ、首を垂れるしかない。
「すみません。なにしろ、両親からの了承を得られたのはこの連休だったので……」
次の発情期までには、身近な人たちにも説明するつもりではあった。
飯田が、おお……と表情を歪めた。
「マスコミのキャッチの速さには驚かされますな」
吐息が漏れる。わずかだが、いつもの彼らしさが見えてきた気がする。
「彼らがどのような形で書いてくるのかはわかりませんが、それを止めることはもう叶わないでしょうね」
それが一番穏便なことなのだけど。
「ですな。そんなことをしたら、逆に燃え上がらせてしまう懸念もあります」
となると、世間に出ることを前提として対策を考える必要があるということだ。
「飯田さんは、こんな話を聞いて大丈夫ですか」
潤はたまらずに問いかけた。
すると、飯田はふっと表情を緩めた。
「社長はずるいですな。そんなふうに聞かれたら、大丈夫ではないとは言えないでしょう」
そういわれて、潤は自分が安心したいがために聞いてしまった質問だと気がついた。
「……すみません」
「いいですよ。どんな覚悟があったとしても周りの反応は気になるものです。
率直に言えば驚きましたし、まあ、あとはこのタイミングで? とは思いましたが……茗子社長が、ご家族が了承されていることですし、私が何かを言う立場にはありません。あなたは森生メディカルの社長で、私が信頼する上司です。そこは変わりませんし、問題ありませんよ」
飯田は中立な視点で見てくれていることが潤にもわかった。
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