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 それからしばらく近況報告などをして、潤と颯真は天野家を辞去した。あまり長居するのも申し訳ないし、もともとさくっと報告して帰ってくるつもりだった。  このタイミングで天野に挨拶をすることができて良かったと潤は思った。  颯真くんを頼んだね、と言われて、天野はいまでも颯真を心配しているのだと察した。  潤は、天野に言われたことを反芻する。  オメガ以上に第二の性に問われれがちなアルファは、オメガの番の存在そのものが人生の質に大きく影響する。それゆえ、森生颯真を幸せにできるのは、自分だけ。なにがあっても颯真のそばを離れず、隣にいる……。  天野家から戻るとすでに昼過ぎで、母茗子に付き合って、近くの中華料理店でランチをとり、中目黒に帰宅することにした。明日は祝日であるが颯真も朝から仕事なので、早めに帰ろうということになったのだ。半月後には、横浜でアルファ・オメガ学会が開催される。颯真はその準備で多忙だった。 「学会が終わって落ち着いたら帰ってらっしゃい」  茗子にそう言われて、そして茗子手作りの惣菜なども持たされて、二人は颯真の運転で森生家を後にした。  実家から中目黒まで、道が空いてれば有料道路を使って四十分程度、一般道でも一時間程度だ。 「上と下と、どっちを使った方が空いてるかな」  そう言って、車のラジオをつける。ちょうど交通情報。  有料道路でさくっと帰るか、それとものんびり一般道で寄り道でもしながら帰るかと話していると、潤のスラックスに収まっていたスマホが震えていることに気がついた。 「あ、ちょっと待って」  潤がスマホを取り出すと、メッセージアプリ経由の着信通知だった。ちょうど取り損ねた形。 「あれ」  その発信元は意外なことに副社長に飯田だ。愛妻家であると聞いている飯田が休日に連絡してくること自体、とても珍しい。何か至急の案件だろうかと思った。  潤は若輩である自分が会社運営の全てに目配せできているとは到底思っておらず、頼りにする部下がいる。  それが副社長の飯田晋とファーマ部門を担う大西克敏だ。母茗子が社長をしている頃からの腹心だ。この二人から至急の案件で時間が欲しいと言われると、可能な限り早めに時間を取ることにしている。  彼らには潤がいなくともそれなりのトラブルを裁く能力があるし、それを行使するだけの権限を与えている。全てが終わってからの報告で全く構わないと思っている。だから、逆に飯田から至急の連絡となると、彼らの手に負えない案件である可能性もあり、気を引き締めて連絡をせねばならない。 「ちょっと電話していい?」  潤は運転席に颯真にそのように断りを入れる。颯真はラジオの音量を下げてくれた。  潤は礼を言ってメッセージアプリから通話ボタンをタップした。  飯田はすぐに出た。 「社長、お休みのところ申し訳ありません」  飯田の謝罪に、潤はまず問題ないですと応じる。 「飯田さんの電話は緊急の案件が多いから」  そう苦笑するが、向こうはそんな雰囲気ではなさそう。何かあったのかなと潤は促す。 「ちょっと電話では……なので、これから社の方にお越しいただけませんか」  これから、といってももう午後三時近い。しかし、それだけ緊急具合を示しているようで、潤は即答した。 「分かりました。これから向かいます」  そこでわずかに電話を放し、颯真に品川までの所要時間を聞く。 「三十分くらいで着きます。飯田さんは今会社ですか?」  すると、飯田もこれから向かうところとのこと。 「分かりました。それでは会社で」  潤はそう挨拶して、通話を終えた。  なんとか平常心を装って通話を終えることができたが、だんだんと緊張してきた。  飯田で対処できないこととはなんだろうか。 「なんだ、会社に行くのか?」  品川なら送るぞ、と颯真に言われて、潤は頷く。 「緊急の案件があるらしくて。先に帰ってくれる?」 「時間が分かるなら待ってるけど?」  潤は首を捻る。 「んー。よくわからないから、先に帰って。僕は電車で帰るから大丈夫だよ」  一体どんな緊急案件なのだろうか。  想像がつかないだけに、潤は助手席に座りながら、緊張してきた。浅い呼吸を繰り返す。  それを颯真はしばし見つめていた。    休日にも関わらず湾岸沿いの有料道路は割と空いていて、品川まではさほどかからなかった。  心配そうな颯真に潤は大丈夫だからと言い添えて、本社の地下駐車場で別れる。  そのまま地下から上層階までエレベーターで上がった。  警備員によると、飯田と香田が先ほど出社したとのことだった。  広報部長の香田が一緒か、とますます訝しくなる。  潤が上層階の社長室に入ると、すぐさま飯田がやってきた。  彼もこの出社は想定外だったようで、潤同様にラフな私服姿である。 「社長、お休みのところ申し訳ありません」  そのように言われても、緊急案件であることはわかっている。大丈夫ですと潤も答えた。 「で、一体電話でも話せないこととは?」  そのように問うと、少し飯田は考えた様子。 「実は、香田部長宛に、このような問い合わせが来たのです」  そう言って、飯田がプリントアウトしたのは、メールである様子。 「『週刊東都』という週刊誌の記者からです」  どこかで聞いた名前だ。東都新聞社の系列であるということは名前からしてわかる。  メールのタイトルを見ると、御社森生潤社長の兄弟間における蜜月関係について、とあった。  潤はわずかに眩暈がした。  何を聞き出そうとしているのか、そのタイトルを見るだけで明白だった。

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