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スマホを耳に当てて、呼び出し音を確認すること数秒。颯真はすぐに出た。
「もしもし、潤? 終わった?」
颯真に立て続けに問われて、潤は苦笑した。
ふっと息が吐けた気がした。颯真の声を聞くまで緊張していたのかと今更気がついた。
まだだよ、と答える。
冷静に冷静にと、ひと呼吸をおく。
「緊急の案件だって話したけど、ちょっと衝撃的な案件だったから……颯真にも共有しておかないとって思って」
そして潤は、広報部長の香田宛に送られてきた、週刊東都という週刊誌の記者からのメールの内容を話した。
彼らが、自分たちの関係性を把握していて、連休明けに記事化を進めていること。
彼らは事実だけではなく、二人が仲睦まじく歩くシーンなどの写真を押さえていて、さらにそれについての見解を求めていることから、それもおそらく掲載されるだろうということ。
「おい……」
さすがに、颯真も言葉を失う。
そして、それらについて副社長に真偽を問いただされたことを話す。
潤は唇を噛んだ。
「ごめん。川崎大師で手を繋いで歩いてたのとか、撮られていたみたいだ。写真を見せられて、側から見て恋人じゃんと思った。もっと注意深くしていれば……」
あれは僕が完全に浮かれていた。いつもなら、つけ入る隙など与えなかったと思うのに……、と潤は後悔を口にする。
いや、と潤はさらに疑問符を差し込んだ。本当にそうだろうか。
自分たちの関係性が、週刊誌の「ネタ」になると全く考えていなかったわけではないが、そうそう書かれるなんて、思ってもみなかったというのが事実で……。
「もともと僕に油断があったのかもしれない」
颯真、巻き込んでごめん、と潤は再度謝る。
「だけど副社長も今のところ、冷静に受け止めてくれてる。これから、関係者を集めて対応策を話すところなんだ」
廉にも連絡が行くと思う、尚紀と休みを満喫しているのに悪いよね、と親友の話に及んだので、あえて軽く言った。
「たしか、この連休で近場の温泉に行くって話していたよね。予定が被っていないといいな」
潤は、ソファから立ち上がって、窓際へ。五月は、まだまだ陽は高い。
「だから多分、今日は遅くなると思う。颯真は明日仕事だし、僕に構わず先に寝てて」
何時になるかわからないしね、と苦笑した。
しかし、そんなふうに軽い口調で話していて、スマホの向こうがあまり相槌を打ってこないことに潤は気がつく。
「颯真?」
潤が違和感から、問いかける。
「潤、大丈夫か?」
思った以上に冷静で真剣な声が、気遣うように返ってきた。
「颯真……?」
おそらく颯真は潤自身より敏感だ。颯真は、お前がそんなふうに自分を責めて、それで何事もなく話しているほうが俺は心配だよ、と言った。
「お前が俺に謝ることはない。俺だって注意散漫だった」
颯真は潤が動揺していることはお見通しだった様子。
「颯真にはバレバレだね……。少し動揺してて、不安に感じてる」
正確には、颯真に連絡をしたら気持ちが揺れてしまった。先ほどから……飯田に問いただされて、心細さを感じていたから。
彼は中立的にも颯真との関係を見てくれているが……。
「俺こそ悪かったな。あの時の違和感、どこかで見張られたんだろうな。もっと慎重に行動するべきだった」
潤は首を横に振る。颯真のせいではない。
「大丈夫だよ。書かれる時にはどうしたって書かれる、ってことだもの」
それに、社内は多少動揺するかもしれないけど僕の周りはさすがにこんなことでは動じない猛者ばかりだから大丈夫と、力強く言ってみせた。
それより、僕そんなに動揺していた? と颯真に聞く。
「いや。俺が違和感を覚える程度だから、お前はちゃんと冷静にやっている。大丈夫だから。部下には見せたくない部分だろうけど、俺にはちゃんと見せて?」
そう囁かれる。胸に広がる温かい気持ち。一人ではない。颯真が一緒にいてくれる安堵感が全てに勝る。
「うん。颯真がいれば僕は大丈夫」
そう、究極的には何を失っても颯真がいれば大丈夫だし、自分は彼を失うことはないと自信を持っていえるから、問題はない。
それがしっかりしているから平気。
潤は改めて、自分が立っている場所を思い起こして、気持ちを落ち着けた。
そんな反応に、颯真も頷いた様子で、なら大丈夫と言ってくれた。
「実は、さっき片桐さんから連絡が入った」
すると今度は颯真からの驚きの報告。
「片桐さん?」
「お前が繋がらなくて、俺にも連絡をしてきたと言っていた」
電話をとる余裕などなかった。
「多分、お前のその絡みの話かもしれないなと、聞いてて思った。この間、週刊東都の話を、片桐さんから聞いていただろう?」
颯真にそのように言われて、潤も思い当たる。
「うん。そうだった。……そっか、彼にも伝わったのか」
片桐には颯真との関係性話していない。どんな反応がくるだろう。
見ず知らずの人たちや社員の反応も怖いが、事情を知らない顔見知りがどのような反応するのか……。松也にはかつて拒絶された。そんなことにならなければいいが。
周りには恵まれすぎて、この関係性が無条件で受け入れられると、思えてしまっている節がある。そんな気持ちの油断が、今の状況を招いたともいえるのに。
「これから俺が会ってくる。あとで合流しよう」
颯真が言う。
「一人で平気?」
「平気だよ。お前こそ、一人で抱えるな。俺が同席できないのが辛いけど、廉は少なくともお前の味方だ。立ち位置を揺らぐな、大丈夫だ」
颯真の言葉に潤はうなずく。
「平気。颯真の声を聞いたら落ち着いた。颯真こそ気をつけて、片桐さんは理解をしてくれる人だけど、この件に関してはわからないし」
「わかってる」と颯真は頷いた様子。
颯真がそっと潤に語りかける。
帰ったら、めいっぱいハグしてやるから、もう少しだけ頑張れ。
その言葉に心底安心して、潤は颯真との通話を終了させた。
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