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「で、春日はどうしたいの? これから」
「私……ですか」
「佐賀から連絡があったら、また会いに行くのか? 何か指示があったら従う?」
「いえっ、そんなことは」
「なら、決別できる?」
「………」
潤は困惑した視線を向けられたが、それを拒絶する。
「どうするか、決めるのは僕じゃないよ。君だ」
言葉が鋭くなってしまう。どうしても胸に湧き上がる苛立ちを鎮めることができない。表には出さないように自制をしていたが、沸き立つ……いや吹き出すような憤りを、完全に抑えられないのだ。
それは全面的に春日に対して抱くもの。
自分というものを持たずに、ただ流されたことへの怒りの感情だ。
それでどれだけの影響が出たのかを冷静に考えることができれば、ここで迷うことなんてできないだろう。もしその時、春日が怒り狂う佐賀を切り捨てていたら、今の状況が変わっていたかといえば、それはわからない。あの男の手駒が春日だけであるという確証はないからだ。
しかし、図らずとも自分に近い存在であった春日から、颯真との関係が漏れたのは事実。そして、それは今や親会社の森生ホールディングスの監督責任やペア・ボンド療法の是非、というところにまで影響が及んでいる。
春日が、佐賀を支えたいという信念で行ったことであれば、分かり合えないと袂と分つまで。潤には理解ができないが、割り切ることはできる。しかし、彼はそうではない。
そこまでのことをしでかして、かつ悪影響を与えつつも、流された自分が悪いと、認めて、赦しを乞うているのだ。
自分で責任が取れないことを行ってしまった、そんな自覚も乏しいのではないか。
「で、どうする?」
潤の揺るがない、決断を迫る問いかけに、春日は困惑してる様子。
彼の双眸から潤んだものが見え、口をぐっと閉じたが、潤はそんな変化も気がつかないふりをした。
春日が口を開く。ようやく観念した様子。
「私は、あの人にうまく使われていました。そんな自分が恥ずかしい。決別したいです……」
無理矢理本音を引き出した感じもあるが、覚悟を決めさせ、言質はとった。ここから本当に変わることができるかは、春日本人と……。
「そうか、わかった。藤堂、お前に春日を託す。最後まで面倒を見てやれ」
春日が変われるかは藤堂にかかっていると潤は思っていた。彼がうまく導いてやれば……あるいは。いずれにしろ藤堂が彼を見ていれば、万が一流されることがあっても心配は少ないだろう。
「承知しました」
藤堂の返事はシンプル。すでに話はついている。面倒を見るなら中途半端ではなく最後まで。それが今回のペナルティだと伝えていた。
「春日のこと、頼んだぞ」
潤がそのように藤堂に念押しすると、彼はいつもの飄々とした表情を浮かべつつも、力強く頷いた。
「ご期待に添えるよう、全力を注ぎます」
「朝に仰っていた、『藤堂に押し付ける面倒な仕事』って、もしかして、春日のことだったんですか?」
二人が退室してから、江上にそう問われて潤は頷いた。
「うん。言葉は悪いけどね。
でも、藤堂が春日を心配しているのは本当だと思うし、僕は見捨てることもできないし。藤堂に対しては、指示に僕の意に反することしたことに対するペナルティとしてはいいんじゃないかなって」
江上は少し呆れたような表情を浮かべた。
「なんだかんだと信頼してますよね」
「お前の藤堂への信頼は地に落ちたね」
さっき藤堂が言ってた、というと江上へ鼻で笑う。
「元々高くないので、地にのめり込んだくらいですよ」
「マイナスかよ」
潤にはあまり春日を自分から近いポジションに置きたくないという本音があった。だけど、放置するという選択肢もなかった。
藤堂はその思惑を理解して、うまく対処してくれるだろうと思ったのだ。
「いずれ、春日には佐賀ときっちり決別してもらおうと思うよ。その前に、心配なこともあるんだ」
潤がいうと、江上はなんですか、と問う。
「あの男の手下が、本当に春日だけだと思うか?」
すん、と空気が沈んだ。
「……社内に、スパイはまだいるってことですか?」
「わからない。だからこそ、早めに対処したほうがいい」
「どのように?」
潤は少し考える。
五月晴れの爽快な空が社長室から見渡せる。
自分達にも少し覚悟が必要だが、それだけに相手のダメージは大きいに違いない。大丈夫、自分には颯真がいる。
「この場合、相手の嫌がることをすることが効果的だね。さっきと同じ方法だけど、先手を打って芽を摘もう」
これもリスクマネジメントだね、と潤は朗らかに言った。
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