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「で、僕のプライベートはどうやって知ったわけ?」  春日に身辺を探られているという感覚は、潤にはなかった。一体どこで。 「同期会の時……」  春日の切り出しに、藤堂が驚いた様子で目の色を変える。 「もしかして、俺と社長の会話を聞いてた?」  食いつかんばかりに詰め寄ったが、春日は目を丸くして首を何度も横に振った。 「ちっ……違う! 違いますっ! 社長と……」  その時、潤の脳裏にふっと蘇るものがあった。ああ、と思い当たった。  潤がふらりと呟く。 「……あれか。  別室で松也さんと話した時かな……」  四月初め、同期会の会場となった居酒屋で偶然鉢合わせた天野松也と別室で話すことになってしまったあの時だ。あの時は、松也の言葉に乗ってしまって、出入り口を全開にして無防備に話していた。松也と密室で二人で話すことにはどうしても抵抗があって、何かあったら助けを呼びたかったからだが、まさかそこで聞き耳を立てている人間がいるとは、迂闊にも思わなかった。  そう、松也と和解して、部屋を出たところで鉢合わせたのが、春日だった。てっきりトイレの帰りだろうと思い込んでいた。 「……」 「どうなんだ」  無言の春日に詰め寄ると、彼はその通りですと頷いた。  潤はなんとなく事情を掴めてきたが、想像で先走らないように、気持ちを落ち着かせる。昨夜の颯真の言葉を、彼の声で思い出す。 「事実と想像の部分をきちんと切り分けろ。良くない癖だ。想像で傷つくことはない」  そうだった。 「それで、その情報を掴んで、そのまま佐賀さんに?」  春日は頷いた。 「はい。あとは調べると」  一体あの男がその話を聞いてどんな反応を見せたのか。知りたくはないが気にはなる。だけど、それをあえて聞くことはしない。誰にとっても楽しくない、この話を早く終わらせたい。 「それ以降、彼から連絡は?」  潤がそう問うたが、春日は目を伏せた。まるで犬の反応だなと思う。気が弱い大型犬のようだ。 「あのあと、連絡が一度だけ。この間の連休の最終日に。明日から面白いものが見られるから、社内で動きがあったら教えろ、と」  たしか、藤堂から大型連休明けに春日は休暇をとっていると聞いた記憶がある。きっと、見たくないから連休明けに休暇を取ったのだろうと、潤は内心で理解した。 「その後の連絡は?」 「し、し、してません!」  春日は本気の様子で手を左右にふって否定した。彼が藤堂に連絡してきたのは先週の金曜日とのことなので、それは信じてもよさそうだ。  おおよその話は掴めた。 「わかった。正直に話してくれてありがとう」  潤がそのように言うと、春日は安堵の表情を浮かべたものの、無言で会釈した。  彼は少し安堵した様子だったが、潤は手を緩めるつもりはなかった。少しホッとした表情を浮かべる大型犬のような春日に、再度向き合う。 「で、ここに来たということは、春日は佐賀と手を切る意思があるということでいいかな。  話を聞いていると、未だ君と佐賀は繋がっているようだ」  春日は身体を揺らして、驚いた様子。 「ええ……あ、はい」  しかし、何か違うと春日の視線のその先を潤が辿ると、藤堂が何やら厳しい顔つきで彼を見つめている。  潤は藤堂を宥めつつ、抗議する。 「おい。僕は春日に聞いてるんだけど」  藤堂は視線をそらした。本当に気が弱いんだな、と潤は春日の性格を改めて思った。  これでは本音を引き出すのも苦労しそうだ。 「……でも、簡単に切らせてもらえるか」  当の春日はそんな気弱なことを言っている。潤は少しイラッとした。 「それは自分の意志の強さだろ」 「はい、まあ……」  ……と、煮え切らない反応。  潤はそもそもの疑問を投げかけてみる。まさに議論は行きつ戻りつ、の状態だ。 「あのさ、どうして昨日ここに来た? っていうか、なんで藤堂に相談したの?」  それは一歩を踏み出すため、佐賀と決別を決意したからではないのか? 「あの……なんか話が大きくなってしまって、怖くなって……」  思った方向の回答ではなかった。 「そうか。自分がしたことの影響が、明確になっててきて、怖くなって藤堂に相談したからってことでいい?」 「はい……」  少し身も蓋もないまとめになってしまった。  春日は意を決した様子で顔を上げ、潤を見つめる。 「あ、あの……社長。私はクビにはならないのでしょうか」  くび? 潤は瞬時に言葉の意味を理解できなかった。 「ああ、解雇するってこと?」 「はい」  潤は密かにため息を吐く。背後に控える江上も同じようなため息を吐いている様子。 「そんなことできるわけないよ。そんな権限、僕にはない」  イラつきがわずかに表に出てしまい、少し言い捨てるような言い方だったと少し反省する。  すると今度は藤堂が口を挟んだ。  「佐賀さんはどうして会社を辞めることになったんですか」  ああ、そういうことかと潤は合点した。佐賀は「社長の逆鱗に触れて会社を追われた」という流言を噂として仕立てた。それに自分も当てはまるのではないかと危惧しているのだろう。  なんて稚拙な。 「いいか、佐賀さんが取締役を解任されて、懲戒免職になった直接的な要因はいくつかある。まずは情報漏洩だ」  潤は藤堂に話したように、春日に対しても佐賀が取締役を解任され、懲戒免職になった経緯を軽く説明した。春日は目を丸くしている。 「情報漏洩はこれだけで取締役解任は免れない。さらに、医師法違反、薬機法違反」  指を折りながら、春日に視線を流す。ついでにこの件は傷害事件にっていると付け加えた。  春日は驚いて口がポカンと開いていた。佐賀とて自分のネガティブな話題は手下には言わない。 「……全く社長には責任がないじゃないですか」  春日の言葉に潤は静かに頷いた。 「そうだね。物事の裏を読み解くことも、自分が判断することも大事だ」  しまった、また冷たいことを言ってしまったかと思った。どうも気持ちのコントロールができずに口が滑ってしまうのだが、彼から本音を引き出したいのだから、自制せねば。

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