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第1話

「おい! 瓜生(うりう)ー!」 「あれ、先輩どうしたんですか」  自転車で信号待ちしていた瓜生は、卒業して家業の水道屋の仕事をしている西という先輩に声をかけられた。 「おまえ、なんで傘持ってんのにささないんだよ」 ママチャリのカゴに傘が刺してあり、車輪の前に突き出ている。 「傘さしてゆっくり走るより濡れても早く帰った方がいいかなって」  西は瓜生を自分の傘の中にいれながら眉をしかめた。 「バカか。まだ駅何個分むこうなんだよ、お前ん家」  滴るくらいに濡れた瓜生の全身を見て西は溜息をつく。 「俺んちこいよ、送ってやるから」 「いや、大丈夫っす。梅雨に入ってから毎日こんな感じなんで」  断る理由もなかったがなんか面倒くさそうと思い遠慮してみるものの、世の中の先輩というのはなかなかカンタンには行かないもので 「いいから、ついてこい」  そう言われて特に急ぐ用もなく断るのを諦めた瓜生は、先輩の傘に半分入りながら自転車を押して歩いた。 「先輩は仕事休みなんですか?」 「おー、雨で現場が遅れて予定外の休み」  信号の角から三軒目に水道屋の事務所兼自宅がある。そこはショールームも兼ねているからとても明るくおしゃれで立派である。 「先輩んち、儲かってるんですね」 「知らねーよ、俺はまだそんなことに関係させてもらってねえ」  自転車を車庫の隅に停めて裏に回ると、事務所兼自宅の裏にもう一軒、古い建物があり西はドアを開けた。 「こっちが俺のウチ。入れよ、誰もいないから遠慮するな。タオル持ってくるから待ってろ」  瓜生は玄関で待たされている間に前にも一度ここに来たことがあるのを思い出した。  中学時代、とにかく集まっては面白いことや悪いことをするのが楽しかった頃。つるんでた仲間の兄貴が西先輩と仲がいいとかで、10人くらいで押しかけた。ヤンチャな人が集まる場所だと有名だったから、生意気盛りの中学生にはちょっとした憧れの場所だったりした。  でも西先輩が怖い人かと言うと全然そうじゃなくて、集まってる人の中では口数も少なく特に悪い噂があるわけでもなく、実際武勇伝みたいなのも聞いたことがなかった。なのに他の先輩や後輩達から一目置かれていた。その理由を知りたいと思ったこともあったような気がするけれど、普通の中学生だった瓜生はすぐに興味を無くしたのだ。 「拭いたら上がってこいよ、ジャージ貸してやる」 「ありがとうございます」  瓜生は髪と顔を拭いたあと、ベタつく靴下を脱いで上がった。ぺたぺたと奥に進むとリビングらしき部屋に先輩がいてジャージを投げてきた。 「早く着替えろ。もしかしてパンツも濡れてるか?」 「大丈夫です、ジャージ借ります」 「後で自転車は車に積んで一緒に送ってやる」 瓜生は濡れてまとわりつく制服のズボンを裏返しに脱ぎながら首から顎を出すように頭を下げた。 「こっち座れ、コーヒー飲むか?」 「はい……いただきます」  先輩の言葉は絶対だ、いつでもハイと言え。そうすれば変に目をつけられることはない。そう教えてくれた中学時代の友達はどうしてるだろう。ぼんやりと考えていた瓜生の前にマグカップに入ったコーヒーが置かれた。 「砂糖とミルクは好きに使え」 「はい、ありがとうございます」  インスタントかもしれないけど、ちゃんとコーヒーを出してもらうなんてあまりないから、先輩に一人前に見てもらえてる気がして瓜生はちょっと嬉しくなる。  とはいえ気分は大人でも味覚はまだまだで、砂糖とミルクはたっぷり入れて一口飲んだ。あたたまって思わずふぅーと声が漏れる。 「先輩、よく俺の名前なんか覚えてますね」  瓜生はそれほど目立たない存在感の薄い自分を覚えていたことが不思議だった。なんかやらかしたんだなきっと。なんだっけ。 「お前、覚えてないのか。あの時の学ランのこと」 「……あ!」  瓜生は西の顔を見つめた。顔の左側だけで笑ってしょうがないやつだと言いたげだ。

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