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筧 義松Ⅲ②
土曜日、義松は気合を入れて早起きをした。
爽やかな秋晴れで、朝から洗濯をし部屋を掃除し、トイレも掃除する。まな板、急須や湯飲みまでも漂白に浸け、それでも時間は十時前だ。痺れを切らした義松は、いつも十時半ぴったりに予約の電話を入れるところ、フライングで十分前に電話をかけた。
プルルル……と呼び出し音が鳴ったことに、思わず拳を握る。だが問題は出てくれるかどうかだ。
プルルル、プルルル……。
固唾を飲んでそのときを待っていると、四度目のコールで阿部の「はい、もしもし~」という明るい声が聞こえた。義松はどっと安堵の息を吐く。
「あ、あの、予約をしたいんですけど……」
「ありがとうございま~す。オトコノコはお決まりですか?」
「アオイさんでお願いします」
「はい、お時間ご希望はございますか?」
「えっと……どの時間でも?」
「はい、まだどのお時間でもご案内可能ですよ~」
義松は思わずガッツポーズをした。
「じゃ、じゃあ! 五時から、Cコースでお願いします!」
「は~い、ありがとうございます。17時の、夕方五時から、Cコースご予約ですね」
今回は初めて、最後のこの時間を自ら指定した。
50分間……時間いっぱいアオイの体を堪能し、そのあとさりげなく夕飯に誘う。
あくまでさりげなくだ。「そういえば、この間の約束、今日この後どうですか?」ってな具合に……。
大丈夫だ、やれる。
前回のように、アオイが着替えるのを近くのコンビニの前で待ち、私服姿のアオイとともに、肉だ。焼肉でも焼き鳥でも肉バルでも、何でもいい。肉とビール、それさえあれば。
アルコールが入ってほんのり頬を染めたアオイを想像し、義松は思わず口元を抑えた。……いかん、ニヤける。
今夜のことを考えると、どうにも落ち付かない。結局、義松は出掛けるギリギリまでそわそわと部屋の掃除を続けた。おかげで部屋はピカピカだ。
義松は、予約時間の十分前にエルミタージュに到着した。
受付には阿部ではなく、八重歯の男が座っている。義松の顔を見るなり親しみのこもった笑顔を向けた。
「こんにちは、いらっしゃいませ~」
「あの……」
「はい、アオイさんでご予約のお客様ですね~! お待ちしておりました。本日オプションはいかがいたしますか?」
予約名を告げる前に前回同様先回りをされる。どうやらすっかり覚えられているらしい。接客業の鑑だと感心するが、やはり、少々恥ずかしい。
「オプションは……②と③と……あ、あと④をお願いします」
八重歯の男がニヤリと笑った。
「覚悟を決めたんですね?」
一体なんの覚悟だ。
しかし男の雰囲気に呑まれた義松は、いやに神妙な顔で「は、はい……」と返事をしてしまった。男も神妙な顔で頷いたあと、恭しく前回見せてくれたコスプレカタログを取り出す。
「どれにするか決めましたか? あ、すみませんチャイナのブルーのミニは、ちょうど今クリーニング中なんです。この赤のロングスリットの方ならあります。アオイさんの身長なら、丈もギリギリいけるかな。でもミニスカポリスも捨てがたいですよね~。男のロマンですよね~……」
アルバムをパラパラとめくりながら、義松以上に熱心に衣装を選んでいる男に面喰う。が、ミニスカポリスについては激しく同意したい。
「じゃあ……ミニスカポリスで」
「最良の選択ですね」
男は再び神妙に頷いた。
まんまと乗せられた感は否めないが、今の義松にとってこれは最良の選択である。
もうアオイにいやらしく逮捕されちゃうことしか考えられない。……いかん、ニヤける。
そして今回コスプレをオプションで選択したのは、さりげなくアオイの「パンチラ可か不可か」問題を解決するためでもある。
さすがにショートパンツの隙間からパンツを覗き込む勇気はない。生☆着替えとミニスカポリスなら、さりげなく……あくまでさりげなく、パンチラを拝むことができるかもしれない。
土曜日の待合室は混み合っていた。
中には既に三人座っていて、義松が待合室の入り口を覗くと中の三人はお互い気まずそうに奥につめてくれた。
一人、また一人と案内され、空いたスペースに新たに来店した客が座る。
客層はまちまちだ。多いのは四十代、五十代前半くらいまでの男性。当然もっと上もいるし、逆に義松よりも若そうな客もいる。
「アオイさんでお待ちのお客様、どうぞ。ご案内いたします」
八重歯の男がにこやかに待合室に顔を出す。ようやっと義松の番がやってきた。
「よっ」
カーテンの向こうに案内されると、アオイは開口一番こう言った。
今日はモコっとした白のハイネックのニットに……下はやっぱりショートパンツ。このアンバランスさがなんともエロい。
アオイは意味深ににやっと笑ったあと、突然接客用の可愛らしい笑顔を浮かべ「今日はこちらのお部屋でお願いします~」と義松の手を引く。
部屋に案内され、パタンと扉が閉じた瞬間、呆れたような揶揄するような声音で「あんた、とうとうコスプレにまで手を出したか」と言った。
「はは……前回、あの受付の人に薦められて、ちょっと気になっちゃって……」
義松の方から最初に聞いたことは、敢えて黙っておく。
熱心に薦められたことは間違いじゃない。
「加藤さん? あ~……」
八重歯の男は、どうやら加藤というらしい。
アオイはなるほど納得といった様子で苦笑する。
「それで? 何って薦められたのさ」
「アオイさんは脚が綺麗だから、スカートが絶対似合うって」
「ふ~ん……で、なんでミニスカポリス? 俺に逮捕されたいの?」
突然、アオイの雰囲気が変わった。
義松の首に腕を回し、妖しく微笑んで小首を傾げる。義松はごくりと生唾を飲んだ。
逮捕されたい。
「なんつって」
アオイはケラケラ笑って離れようとしたが、義松はその腕を捕まえるとぎゅっと力いっぱい抱き締めた。
「逮捕してください……」
耳元で囁くとアオイが義松の腕の中で身じろぐ。
「分かったから……離せって。着替えらんないだろ?」
めずらしく照れているのか、頬がほんのりと染まっているような気がする。だが照明をやや落としたこの個室内では、はっきりとは分からない。
ミニスカポリスの衣装はあらかじめ用意されていたようだ。ハンガーから吊り下げられたそれは、ドアフックに引っ掛けられて揺れている。
アオイはおもむろに白のニットを脱ぎ――ニットの下は半袖のTシャツを着ていた――その様子を凝視する義松に気付くと、にやりと笑う。それから胸元を隠し「見んなよ、えっち」とわざとらしく恥じらうポーズをする。
思わず慌てて目を逸らしたが、そんな必要はまったくないことに気付く。しかし一度目を逸らした手前、再び凝視するするのは躊躇われた。ちらりと横目に着替えを覗く義松に、アオイがくつくつと喉の奥で笑う。
義松の不埒な視線を感じながら、アオイは堂々と脱ぐような無粋な真似はしなかった。ショートパンツの上から、びっくりするほど短いタイトスカートをはいた後、よじよじとショートパンツを脱ぎ捨てる。
「見ていいよ」
と、アオイの許可が下り(横目ではずっと覗き見ていたけれど)義松はようやくアオイの姿をみとめると、ほうと溜息をついた。
評判の美脚が、ミニスカートからすらりと伸びている。
似たような露出度でも、いつものショートパンツとミニスカポリスとでは破壊力が違う。
「すごい……」
思わず感嘆の声を漏らせば、アオイはややうんざりしたように「ほんと、キミ、会うたびに変態になってくね」と笑った。
「アオイさんのせいですよ。だから、責任取ってください……」
義松はアオイの手を取り、すでに熱く硬くなった自身へと誘う。ズボンの上からペニスを握らせた。
「なんでもう勃ってんの……? どこにそんな要素があったんだよ」
アオイは頬を染め、ふいと目を逸らした。
やはり照れているらしいその様子に、義松はごくりと本日二度目の生唾を飲む。
しかし義松は、いやいや騙されるものかと首を振る。これしきのことでアオイが照れるはずがない。
これは今日の演出だ、そうに違いない。
この男は、どこまで義松を翻弄すれば気が済むのだろう。
「アオイさんが可愛すぎるせいですよ」
アオイにペニスを握らせたまま、義松は彼の腰をぐいと抱き寄せた。
剥き出しの太腿に手を滑らせ、いやらしい動きで撫でさする。
ぴくん、とアオイが反応した。
その反応に気をよくした義松は、調子に乗ってスカートの中に侵入しようと試みる。しかしやはりと言うべきか、際どい場所に手が伸びる前にアオイにピシャリと手を叩かれた。
「いたた……」
「調子乗りすぎ」
「すみません」
義松は苦笑いで誤魔化して、ベッドのふちに腰掛けるとその上にアオイを跨らせた。
水色の開襟シャツに、胸元にはそれっぽい刺繍のエンブレム。てらてらとした安っぽい光沢のある生地のタイに、濃紺のミニタイトスカート。腰元の飾りベルトには、おもちゃの手錠が引っ掛かっている。
極端に短いスカートは、少し足を開いただけで中が見えた。
あ、アオイさんのパンツ……。
当然ごくごく普通のボクサーパンツだったが、初めて見るアオイのパンチラに義松の興奮は増す。
開襟シャツは、胸元が深くVの字に開いている。元はきっと女性用なのだろう。女性に着せれば谷間がくっきり見えるであろう胸元からは、アオイの平らな胸がのぞいている。この衣装はおそらく〝そういう〟目的のために作られたに違いない。過剰な装飾の割に、着脱はスナップボタンをプチプチ外すだけだ。
義松はあっという間にアオイの前をはだけさせ、熟れた突起に優しく舌を這わせた。
「んっ……」
と、吐息混じりの声が聞こえ、義松は嬉しくなって益々精力的にアオイの乳首を可愛がる。チュッチュ、チュパチュパとわざと音を立てながら、あくまで優しく吸ったり舐めたりを繰り返す。「んぅ……」と切なげな声を漏 らしたアオイが、わずかに腰を揺らした。
ああもう、アオイさんの声だけでイけそう……。
アオイの体を掻き抱き、しばらく乳首を思うままに貪っていた義松だが、もじもじと腕の中でわずかな抵抗をみせたアオイが、突然ぐいと義松の胸を押し退ける。
「アオイさん……?」
「俺も……筧かけいクンのおっぱい舐めたいんだけど……」
頬を染め、不服そうに義松を睨みつける。
その目がわずかに潤んでいるような気がするのは……義松の目の錯覚では……ない、はず……。
「どうしたんですかアオイさん。今日はデレの日なんですか……?」
「は? なんだよ、それ。いいから上早く脱げ」
尊大な口調はいつものアオイで、逆に安心する。
義松は苦笑しながら紺のセーターとインナーのTシャツをいっぺんに脱ぎ、上半身裸になった。
アオイは満足げにふんと鼻を鳴らすと、早速義松の乳首に舌を這わせる。
「あっ……アオイさん……気持ちいいです……」
義松の悦の入った声に、アオイは乳首に吸い付いたまま上目遣いで義松を見上げ、得意げに目を細めた。
うっ……、可愛い……。
可愛すぎる。
いつもアオイは可愛いが、それにしたって今日は可愛いが過ぎる。
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