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彼の唇が動揺にわなないているうちに、ガーデンがあたたかな拍手に包まれた。はっと前を向いて両手を打ち始める彼の隣に並んで立つ。
呆然としたような声が、拍手に紛れて僕の耳に届いた。
「カメラマンって、そういう……」
「ブライダルは一ヶ月めの新人なので、先輩にくっついてきました」
この挙式を探し当てるのに然程苦労はしなかった。
このあたりでガーデンのある式場なんて限られているし。発注や打ち合わせの履歴を調べれば、担当プランナーの名前くらいすぐにわかる。
六月は確かに結婚式場の閑散期のようで、件数自体が少なかったから、簡単だった。
結婚証明書への署名が済むと、牧師が晴れやかに二人の結婚を宣言した。祝福の拍手が場を満たす。照れ混じりの笑顔を浮かべる新郎新婦。
「……俺を笑いに来たの?」
参列者越しに二人の姿を撮っている合間、そんな言葉が聞こえた。
横目に見ると菖蒲さんは、心なしか泣きそうに顔を強張らせていた。祭壇を見つめたまま。
まだ彼のことをぜんぜん知らない僕には、その胸の内を正しく計ることはできない。
それでも、目元に力を入れて、焼き付けるかのごとく新郎新婦を見つめているその様子。
僕はそれを、何の衒 いもない率直な感性をもって、美しいと思う。
新郎新婦が手をとりあって祭壇を降りた。僕はカメラを構え直し、その姿をしっかりと捉える。
無事に挙式を終えて緊張が解けたのだろう、純白に包まれた二人は目映い笑顔で、ヴァージンロードをゆっくりと進んでいく。
飛び交う「おめでとう」の声を聞きながら、連続してシャッターを切る。
「僕、綺麗なものだけ撮っていたいんです」
今なら、声を出しても彼にしか聞こえないだろう。そう思って口を開いた。拍手をしながら彼がこちらを見上げる気配がする。
「だから転職してきたんです。たぶん菖蒲さんと同じです。幸せを撮りたいと思ったから」
語りながら、この世のすべての祝福を集めたような空間を、何枚も何枚も切り取っていく。喜びと慈しみに満ちた新郎新婦の顔。輝いている。
これは菖蒲さんがつくったものだ。菖蒲さんが、自分の恋を殺してまでつくった、なにものにも代え難い景色だ。
「――菖蒲さん、心が汚れてる、なんて言ってたけど」
新郎新婦がヴァージンロードの端までたどりついた。振り返って参列者に向き直り、寄り添いあって一礼をする。
ひときわ大きな拍手。
「綺麗です。さっき撮った横顔、僕が今まで見たもののなかで一番、綺麗でした」
扉の向こうへと新郎新婦が消えたのを最後に、僕もカメラを下ろした。
菖蒲さんと視線を合わせ、その瞳を見つめながら伝える。
「好きです。もっといっぱい、菖蒲さんを撮りたいです」
拍手が鳴り止んだあとも残る、幸福なざわめき。感嘆の声がそこかしこでさざめくガーデンで、六月の風が。
甘いような雨の香りを仄めかせながら、僕たちを撫でていく。
太陽の下で見ても白い彼の頬に、朱が透けていた。
「……撮られるのは苦手だって、言ってるのに」
拗ねたようにそう呟いて、菖蒲さんはふいと視線を逸らした。
了
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