5 / 6

5

六月最後の日曜日。 昨日までのぐずついた空模様が嘘のように、突き抜けるような晴天が朝から広がっていた。風も爽やかで、五月(さつき)晴れのお手本のような天候だ。 植え込みの鮮やかな緑をバックに、僕はまず入り口に設えられたウエルカムボードを撮った。 前撮りの写真だろう、純白のドレスとタキシードに身を包んだ、なかなかの美男美女が笑みを満開にしていた。 カメラの微調整を終えた先輩が、イヤホンを耳にはめ直しながらこちらへ歩いてくる。 「俺はこれから控え室(ブライズルーム)での撮影に入るから、伊織はロビーでゲスト撮ってて」 「わかりました」 「で、郎婦がガーデンチャペルに移動して、リハしてから挙式な。ゲストの誘導始まったら、お前も裏からチャペル来て」 「了解です」 早口の説明を聞き漏らさないよう頭に入れる。動線は確認済みだ。早速ロビーへ向かおうと一歩踏み出してから、ふと思いついて振り返る。 「あの、先輩」 「何?」 「たぶん、ブライズのどっかに、てるてる坊主がぶら下がってるはずなんで」 見つけたら撮ってあげてください、と告げると、先輩はきょとんとして首を傾げた。 「てるてる坊主? なんでお前がそんなこと知ってんだ」 参列者が待合ロビーから移動を始めるのに合わせ、僕も足早に移動する。 緑の広がるガーデンチャペルには、淡いピンクのバラがあしらわれた小さなアーチと、鳥籠のような形の真っ白な祭壇。その手前にずらりと並んだ木目のベンチが参列者で埋まっていく。 「俺は祭壇の近くで郎婦をメインに撮るから。伊織は好きなとこから撮ってていいけど、ちょこまかすんなよ? あとヴァージンロードは踏まないこと」 「了解です」 ざっくりした指示を受けたのち、僕は祭壇に向かって右手のやや後方で待機した。挙式を待ちわびる参列者たちの表情を何枚か撮る。 やがて牧師の声が響き、心地良い風のそよぐチャペルに、新郎が入場した。白いタキシードの良く似合う、写真通りの美男だった。 続いて厳かな足取りで新婦が入場する。美しく広がる長いドレスの裾。新郎の腕に自らのそれを絡ませ、並んで祭壇へと上がる。 牧師の問いかけに答える新郎新婦の声が、空の透明な青に吸い込まれていくようだ。 指輪の交換をし、続いてヴェールアップという段になって、やっと僕は彼の姿を見つけた。 式の進行の邪魔をしないよう、後方からひっそりとガーデンに現れた彼は、髪をぴしりと分けて撫でつけ、細いストライプのスーツにその痩身を包んでいた。 初めて見る昼間の彼の姿に、軽く目眩に似たものを覚える。 僕に気づく様子はなく、ガーデンの隅に静かに佇むと、祭壇の上へと視線を注いだ。 その先にいるのは、彼の恋した人。 二十年も抱き続けた想いを告げないまま、親友として今日の()き日を見守ることを選んだ、彼にとってきっと誰よりも大切な人。 僕は先程の彼に負けず劣らずこっそりと、彼のそばを目指して移動した。 誓いのキスを促す牧師の声。真っ直ぐに立ってその光景を見つめる彼の横顔を、僕はファインダーに収める。 春と夏の狭間、高らかな青空と、みずみずしい緑を背景に。 美しく伸びた背筋。一文字に結ばれた唇。真摯なまなざし。 シャッター音が届いたのだろう。彼はぱっとこちらを振り向くと、怪訝な表情になって僕を見た。 大事な挙式中にプランナーを盗み撮るという、不可解な行動をとったサブカメラマンを。 構えていたカメラを胸の高さまで下ろす。初めて視線が合う。 彼は、すぐには僕がわからなかったらしい。無理もない。いるはずのない人物が現れたとき、ひとはそういう反応になる。 数秒間かけてゆっくりと、彼の小さな顔は驚きの色に染まっていった。 僅かに目を見開き、ほとんど唇の動きだけで「伊織くん」と僕を呼ぶ。 僕も周囲に聞こえない程度の囁きで応える。 「はい、伊織です。菖蒲(あやめ)さん」 菖蒲優志(ゆうし)さん。本人の口から聞くより先にフルネームを知ってしまったのは、些か不本意ではあった。

ともだちにシェアしよう!