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第8話
「どうして雨の日じゃないと会えないの?」
「どうしてだろうね」
「はぐらかさないで」
キリサメに出会ってもうすぐ一週間。降りつづける梅雨の雨に、このまま止まないでと願うぼく。
気象予報士なんか嫌いだ。明日の天気予報で「ようやくこの鬱陶しい雨ともさよならできるでしょう」なんて言ってる。憎らしいったらありゃしない。日本地図に添付された晴れマークを黒く塗りつぶしたい気分だ。
明日から会えなくなる。そう思うとまともにキリサメの顔を見つめることもできない。
「今日はおとなしいんだね」
「うん」
「それだと会話が終わっちゃうよ」
「うん……」
何を話せばいいかわからない。これは一瞬の夢でしかないのかもしれない。
明日からぼくはいつもどおり、夢を見ることで糧を得る生活を夢見る日常に戻るのだろう。そして、何事もないようにキリサメと過ごしたことなんて忘れ……
「ないッ」
「サイくん?」
「ぼく、雨が降らなくても、ずっと雨が降らなくて地球が干上がっちゃっても、キリサメのこと忘れないから!」
口にしたら。
「夢でも?」
「……?」
「僕がここにいたという夢を、君が見ていたとしても?」
「何……」
キリサメ?
何を、言ってる?
「夢と現実、弁えてないのは君じゃなくて、僕なのかもしれない」
キリサメは白い傘を畳む。霞がかる目の前の風景。靄のような雨粒に彼のがっしりとした身体が包まれていく。
「ヒドいよ。現実に一人で戻っていこうとするなんて」
「キリサメ?」
どういうこと?
「ねぇ、濡れちゃうよ。キリサメ。風邪、引いちゃうよ」
「いいんだよ。僕は雨の精霊だから」
「駄目だよ。キリサメは」
「いいんだ。それ以上言わないで。夢が終わるから」
夢が終わる? ぼくと、キリサメの関係のこと? それとも……
「ぼくは、夢を見ていたの?」
降り続く冷たい雨。肌寒い気温。フルカラーの残像。燕尾服を着た雨の精霊は。本当は物好きな人間で……
「違う」
「違わない。わかってる」
ぼくは嗤った。そして、破滅へ導く言葉を告げる。自分から突き放せば、きっと明日からも笑顔でいられる。夢を見つづけていられる。だから。
「さよなら」
ぼくは、彼に白い傘を返して、濡れながら走って、その場を去った。
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