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第1話

 中学三年、受験生の冬。なんでそんな季節に検査結果が届くのか。  結果次第じゃ若者の未来を大きく左右するってのに……そうか、それが目的なのか。悲しいのか絶望なのか、ぐちゃぐちゃになった感情の名前を俺は知らない。 【検査結果 Ω】  世の中には六つの性が溢れてるってのに、選りによって一番最悪な結果だった。手の中でぐしゃりと音を立てて一枚の紙がゴミに変わる。国から送られた検査結果だけどそんなことはどうでもいい。これから確実に必要になるであろうことがわかっていても、それを大切にしようなんて思えなかった。  悔しくて奥歯がぎりぎりと音を立てる。なんでなんでなんでだよ……!  両親がαとβだから、俺たちがどんな性になるかわからないと告白されたのが検査の前日だった。なんで今、そう親を罵ったのは俺ではなく弟だった。俺は深く考えなかった、なるようになるだろうって黙ってた。子供だったんだ、いや今だって子供だけど、性別で未来が大きく変わるとは思ってなかったんだ。  まだ高校に上がったばかりで、大人がいなければ生きてなんていけない。それなのにこの現実はなんだよ。俺は誰かに寄りかからないと生きていけないらしい……Ωってのはそういうものだ。保健体育で習った、教科書の中だけの話だったはずが、俺はまさにその物語の主人公だったらしい。  世の中ふざけてんのか。俺の人生返してくれよ……どうして俺が!  俺が女ならよかった。女ならΩでも元々子供が産めるからこんなに苦しまなくて済んだだろう。  傍から見たらβ同士の夫婦に見える両親に子供の俺たちが何かを感じるわけなかった。検査前日の告白だって、あぁそうなんだってなもんで、すぐに自分が何と診断されるかの方へ思考は切り替わった。父さんは確かに優秀だけど、俺は優秀にはほど遠く中の中、特技なんてものもない。αかもしれないなんて望みは持ちすらしなかった。  今は薬も発達している。小さい頃は毎日父さんが薬を飲んでいて不安だった。俺達に内緒にしてるだけで、悪い病気なんじゃないかって怖かった。だけど父さんはいつも笑っていた。 「父さんはお前たちと一緒にいる為に薬を飲むんだ」  病気じゃないんだと、頭を撫でられて安心したのを覚えてる。Ωだけじゃなく、αにも有効な薬がある。むしろ、αの薬の方が開発が進んでると言ってもいい。Ωが自分の身を守るために積極的に研究に力を貸してるお陰だ。体質にあった沢山の薬があり安価で副作用が少ないαの薬。小さな一錠を父さんが飲み続けるのは手にした幸せを壊さない為だった。  その一方Ωの薬は昔から変わらない。教科書に原寸大で載っていたそれは、大きくて飲みにくそうで、禍々しい色をしていた。強力するαが少ないせいだ。自分だけの番を見つける為、αとしての素質を存分に発揮して生きていく為……それを邪魔する薬は、なかなか開発が進まない。  派手な色した高価で大きな一錠。あれを、俺は自分の身を守る為に一生、飲み続けなければならないらしい。  双子の片割れは顔も体つきも、頭の作りだって全然違う完璧な弟。  俺とは似ても似つかない弟は、学校では名字が一緒なだけだと思われてる。双子だって知ってる人の方が少ないくらいだ。これで一卵性だって言うんだから神様も酷いもんだ。いつまでも伸びない身長にぺらぺらと薄い体。平凡でどこにでもいそうな顔。目を凝らしてよく見れば、どことなく似てるパーツも配置が違うだけで弟とは大違いだ。勉強だってからっきしで、委員長や掃除を進んで引き受けることでどうにか内申点を稼いできた。  自分を卑下するつもりはないのに、冷静に分析した結果がこれだ。そうか、そりゃΩなわけだ。こんな男としてもβとしても出来損ないのような俺がΩじゃない方がおかしいよな。ははは、と乾いた笑いが耳につく。そこではたと気付く。俺がΩだということは、一卵性の弟だってそうなんじゃないかって。いや、まさか。ないだろ……頭の中に浮かんだすべてに、二重線を引いた。  ダイニングテーブルの上には夕刊と弟宛の白い封筒。それから俺が破って開けた同じ封筒の欠片。だめだとわかっていても、指先がぴくりと動く。勝手に見ていいはずがない。絶対にバレる。妙な汗が首筋を伝って自然と呼吸が浅くなる。 「兄さん? 帰ってんの?」  突然聞こえた弟の声に我に返る。スリッパの音がパタパタと近づいて次第に大きくなる。まだ廊下にいるとわかって大きな溜息がこぼれた。良かった。弟は俺を慕ってくれているのに、裏切るところだった。家族だって双子だって、プライバシーを尊重するべきだ。 「兄さん? なんだ、いるんじゃん。あ、それ来たんだ」 「お、かえり……」  いつの間にか俺の後ろに立っていた弟が両肩の上から腕を下ろし覆いかぶさるようにして背中に張り付いた。俺よりもでかいくせにこうやって甘えてくるところは大型犬みたいで実は嫌いじゃない。でかいからこそできる張り付き方なのはちょっと癪に障るけど、弟に甘い俺は許してしまう。  いつもみたいに、手洗ってこいよって言わなきゃいけないのに、頭は目の前の封筒のことでいっぱいだ。その視線の先が気になしまう。 「……お前にも来てたぞ、ほら」  乾いた喉が張り付いてうまく言葉にならない。身を捩って重さに抗議するふりをしてなんとか誤魔化したけれど、鋭い弟のことだから違和感は抱いただろう。机の上に置かれたまま手に取られない封筒を、仕方ないなって弟に差し出しても、俺を解放する気はないらしく腕は俺の体に回ったままだった。いつまでも受け取られないことが、さすがに不思議で首だけで振り返る。顔がびっくるほど近くにあってぎょっとした。それでも驚いているのは俺だけで、弟の視線は俺の手元を見ていた。  そこにはぐしゃぐしゃになった俺の検査結果。誰もいないこの部屋で何も気になどしなかった。  すっかり折れ曲がった紙にはΩの文字。指の隙間から、運悪くそこだけはっきりと読み取れる。きっとそれを見たんだろう、すっと背中の重みがなくなった。

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