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第1話

 今日も雨だ。    梅雨入りして雨が降る日が増えていった。明治ガラスの扉越しに見える空の色は灰色だ。店の傍の小さな庭に鴨跖草(つきくさ)色をした紫陽花が薄暗い日の中で鮮やかに彩られている。  祖母がしていたお店は木造建築で、隙間も多い。しとしとと雨の音が中でも聞こえる。音を聞きながら、またこの時期が来たなと頭をよぎり、憂鬱になる。そういう時は梅雨と一緒に忙しくなる仕事に没頭した。    父の顔は知らないが水商売をしていたようだ。両親は結婚はしておらず、母親は俺の小さい時に新しい人と出会い新しい家庭を作った。 時々思いついたように俺に会いにくるが、「元気そうでよかった」と様子を見たら、お茶を一杯飲んだ後、今の家族の元へ帰っていく。そんな両親の元に生まれた俺は児童施設に行く予定だったが、見兼ねた母方の祖母が引き取ってくれた。 祖父は戦争で亡くなっている。祖母は祖父がしていた傘の修理屋を引き継いでおり、店と子育てと二足の草鞋で、俺を育ててくれた。    あの日も梅雨の時期で雨が地面を濡らしていた。湿気で高校の制服が肌に貼り付いたような不愉快さを感じ帰路する。祖母はいつも扉を開けてすぐの上がり(かまち)の畳の上で傘の補修をしていた。  家の前に行くと、店の前に人だかりが出来ていた。 「(しゅん)君よかった!さっきサエ子さんが倒れて、救急車で病院に運ばれたの。」  唖然とする俺に近所のおばさんが病院まで付き添ってくれた。駆けつけたときには祖母は息を引きとっており、ベッドに眠る様に横になっていた。死因は心筋梗塞。大病を患ったことがない祖母の死は急だった。  葬式の時に母親からこの先どうすると嫌そうな顔で聞かれた。今更母親のところに行きたいとは思わなかったし、店は引き継ぐ人がいなければ、更地にして売ると言っていた。祖母との思い出が残っているこの場所は俺の帰る場所だった。だから傘の修理屋を継ぎたいと返事をした。

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