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 庭の紫陽花は茶色い花弁と変わり果てていた。水気を失い、触れでもしたらカサカサと落下していきそうだった。  薔薇のように一枚一枚花弁を落とす、あのような優美な最後は迎えることはない。老いていく人間のように、ただ死を待つばかりの哀れな花だ。だが、真澄はそんな姿に慈しみを感じていた。  男は最後に真澄を抱いてから帰っていった。家は好きに使うと良いと男は言った。  少しは自分に情があったのだろう。家を新たに探さずに済んだのは幸運だった。  完全なる独り身になった真澄は、仕事へと精を出した。今まではうちに籠りっぱなしだったが、遠征するようにもなった。  真澄の心境の変化と言うよりも、環境が変わったことが大きい。真澄についた編集の者が、家に引きこもりがちの真澄を外に引きずり出したのが要因だった。  様々な物を見聞し、情緒や感性を磨いた方が良いと、常に口にする男だった。  確かに男の帰宅を待つ為に、家から出ることが出来ずにいた。  編集に言われるがまま、真澄は二月ほど逗留する予定で伊豆に足を運んだ。  四月の美しい桜を拝み、緑豊かな温泉地で鋭気を養った。詩だけでなく、小説も書いてみようと原稿用紙に長い文を綴ってもみたりもした。  旅館の庭先には紫陽花が植わっていた。だが、時期的にまだ、青々とした葉が生い茂っているだけで花の色は不明だった。  色とりどりの紫陽花を鎌倉でも見ていたが、何故か感動は生まれなかった。ああ、こんな様相なのかぐらいで、自宅の紫陽花に思いを馳せてしまっていた。  今年も咲くだろうか。あの男は来るだろうか。色あせそうになる記憶が怖く、真澄はいつ迎えるか分からない梅雨に備えて予定よりも早く伊豆を後にした。

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