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サプライズ
ひと昔前に流行ったような、ドラマに出てきそうなシチュエーション。
最上階にある夜景の綺麗な高級レストランの特別な席で、とびきり綺麗な彼女を前に少し緊張気味な男が一人。普段はラフな格好でいることが多い彼。でも今日に限ってはそうじゃなかった。
今日は特別な日だから──
ちょっと無理して購入したブランド物のスーツ。前日には美容院にも行ってきた。「今日はどうしちゃったの?」と笑う彼女に「なんでもないよ」と誤魔化しながら、デートの最終目的のこの店にようやく到着したのだった。
順に運ばれてくるコース料理に、一つ一つ感嘆の声を上げ可愛く喜ぶ彼女を微笑ましく見つめながら食事をする。
幸せなひと時……
ゆっくりとした時間の流れに、少しづつ緊張が膨らんでくる。無邪気に笑う彼女を見ながら、男はちらりと店の奥にいた従業員に目をやった。
「あのさ……ちょっといいかな」
殆ど食事を終えた彼女に声をかける。緊張で声が震えていなかっただろうか……気付かれない程度に小さく深呼吸をして、ポケットに忍ばせておいた物をぎゅっと握った。
「手、出して」
彼女はキョトンとしながら言われた通りに両手を差し出す。男はその手をそっと掴むと、片方の手の薬指にキラリと輝く指輪をはめた。
「え……これって」
左の薬指にはめられたその指輪の意味を察し、彼女は驚きのあまり大きく息を吸い込んだ。気持ち瞳が潤んでいるようにも見え、男は満足したようにゆっくりと話し始める。
「これからもずっと一緒にいてほしい……俺のことを支えてほしい。幸せにするから、俺と結婚してください」
緊張と恥ずかしさで顔を上げられない。「結婚してください──」と頭を下げた状態のまま、彼女の言葉を待った。
「………… 」
恐る恐る彼女の顔を伺い見ようと顔を上げる。さっきは驚いた様子で目をまん丸くしていた。泣いてしまっただろうか……それでも笑顔で返事をしてくれる彼女をイメージして顔を上げると、意外にも真顔の彼女は真っ直ぐに男の方を見据えていた。
「は? なんで?」
彼女の第一声に男は理解が追いつかなかった。「なんで?」と言う目の前の彼女の顔は初めて見るような顔をしていた。
「待って、え? 何やってんの? わけわかんないんだけど……マジで言ってる? これどう考えてもプロポーズだよね? うっそ、あり得ないんだけど!」
唖然とするとはまさにこういうことを言うのか、と豹変する彼女を見て男はぼんやり思った。手をかざして指にはめられた指輪をしばらく眺め、クスッと笑う。それからすっと指輪を外すとテーブルの上に置いた。
「いつから私ら付き合ってたんだっけ?」
そう言って彼女は「無理だから」とひと言だけ言い捨て、帰ってしまった。
一人残された男のテーブルに賑やかな花火の刺さったケーキが運ばれる。ケーキに添えられている小さなプレートには『happy birthday』の文字。
サプライズで彼女の誕生日のお祝いとプロポーズ──
そこにいるはずの今日の主役の彼女が不在で、戸惑う店員。それでも何も声をかけることなくそっとテーブルにケーキを置くと、ぺこりと頭を下げてその場を離れた。
パチパチと煌びやかに散る花火を眺め、それが消えたところで男はおもむろにフォークを取り一人黙々と食べ始める。半分ほど食べたところで小さく「ご馳走様でした」と言い、会計を済ませて家路に着いた。
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