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きっと幻
「マジでウケるよね! 俺のあの時の気まずさったらさ……ねえ聞いてる? たくちゃん? たぁーくちゃん?」
目の前で酔っ払って上機嫌な立浪京也 は、一年ほど前の俺との衝撃的な出会いを思い出し楽しそうに笑っている。彼は「もう一年も前の話」と言って事あるごとに思い出しては揶揄うけど、俺からしてみたらあの大失恋からまだ一年しか経っていない。何となく京也につられて笑ってはいるけど、本当はまだ全然傷は癒えていなかった。
嘘みたいな本当の話──
恋人だと思っていた可愛い恋人は、どうやら幻だったらしい。「いつから私ら付き合ってたんだっけ?」と言ったあの時の彼女の顔はもう思い出せなかった。
俺のことを「タイプ」だと言っていたような気がする。「貴方みたいな人と結婚できたら幸せなのかな」とも言われたはず。まあ確かに忙しくてあまり会えてはいなかったけど、それでもこまめに連絡は取り合っていた。その度「好き」って言ってくれてたのはきっと俺の妄想だったんだ。
あの時の俺は頭の中がハテナでいっぱいだった。いや、今でもそれは俺の中の七不思議の一つだ。
フラれたとか、プロポーズを断られたとか、そういう次元じゃない。俺たちは付き合ってすらいなかったって、一体俺と彼女の今までの時間はなんだったんだろう。
「……夢だったのかな」
店に一人残され、全く味なんか感じないケーキを無理やり口の中に入れ、半分ほど食べたところで「俺は何をやってんだ?」と我に返った。カードで会計を済ませ、そして雨の降る夜道をトボトボ歩きながらの帰り道、やっと情けなくて涙が溢れてきた。
そうそう、その時のカードの分割払いもやっと最近全て支払いが完了したっけ。ほんと笑える…… 初めて買ったちょっと高級なスーツに、迷いに迷って選んだ指輪。そして彼女が憧れていた予約の取りにくい高級レストランでの食事代──
「ちょっと! 待って! お兄さん」
一人歩く背後から元気な声が聞こえてくる。まさか自分が呼ばれているとは思わず、俺はしばらく無視をして歩いていた。
「待ってってば! お兄さん? 大丈夫?」
不意にぐっと肩を掴まれ、そのまま俺は後ろにひっくり返った。普通ならそこで「大丈夫ですか?」って心配の声をかけてもいいだろうに、何を思ったのか俺を引っ張り倒したこの男は尻餅をついた俺を見下ろし大笑いしていた。
「どんだけ腑抜けちゃってんの? 大丈夫? いやマジウケるからね。はい、忘れ物だよ」
そう言って笑いながら俺の手を取り、その指先に強引に指輪をねじ込む。いやいや入んねえし痛えし……俺はこいつの言動にただ呆気にとられてぽかんと見ていることしかできなかった。
これが俺と京也の運命的? な出会いだった──
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