3 / 7
幸せに嫉妬する
たくちゃんこと、鈴本匠 は、純粋すぎるくらい、素直で真面目なぼんやりした人だった──
初めてたくちゃんと俺が関わったのは、俺が働いているレストランの予約の電話。
第一声の「予約をしたいのですが」の声がめちゃくちゃ裏返ってて、俺は笑いを堪えるので必死だった。
声だけで「ちょっと変わってる人」という印象を持った。でもその電話は単なる予約だけじゃなく、一緒に行く彼女のためのサプライズを考えていて、そのための相談もしたいというものだった。電話なのに何故か声を潜めて話すこの客に、やっぱり面白いなと思いながらも、その一生懸命さにちょっと感情移入してしまい、俺も一緒になってわくわくしたのを覚えている。
誕生日のお祝いと、プロポーズ。
嬉しい事がダブルになって訪れる。好きな人からのこんなサプライズに喜ばない人間なんていないだろう。
バースデーケーキは少ない予算でなんとかなるようパティシエにお願いをした。なけなしの金で、彼女のためにちょっと無理をしてでも喜ばせようと、何度も店に電話をしてきて事細かく注文をしてくるこの男に、俺はその彼女が凄く羨ましいと思ってしまった。
プロポーズ当日──
可愛らしい彼女と共に来店したその男は、電話で会話をしていた時にイメージしていたより幾分幼く見え、彼女の方がぐっと大人ぽく見えた。俺を見るなり小さな声で「今日はよろしくお願いします」と頭を下げ、真っ赤な顔をしてテーブルに案内されて行くのを見て、他人事ながら異様に胸がドキドキした。
順に運ばれる食事を、二人で和やかに会話をしながら口へ運ぶ。やっぱり彼女の方がこういった場所に慣れているのか、少しおどおどと緊張気味な彼と比べて落ち着いて見えた。
メインを食べ終えた辺りで彼が意を決してプロポーズをする。そしてその後にバースデーケーキを提供する算段だった。 楽しそうに笑顔を見せながら食事をしている彼女を見ながら、俺は始めに感じたわくわくした気持ちや幸せな気持ちが段々と薄れていくのがわかった。
何で俺はこんなことをしているんだろう、何で俺は他人の幸せそうな姿を見て嬉しくなってんだろう……バカじゃね? そんな冷めた目で見てしまう。こんな優しそうで気の良さそうな男なら、俺にだって少しは望みはあるのかもしれないのに、やっぱり選ぶのは女なんだ。女ってだけでこんなにもすぐに幸せが舞い込んで来るんだ。
俺はいくら好きな人ができたところで、良くて体の関係を持つくらい……
一生を誓い合うなんてことは絶対に無理な話。
俺が好きになるのは男だから……
もう俺は嫉妬の目でしかこの客のことを見られなかった──
俺は気分が下がりながらもちゃんと役目を果たそうとキッチンへ向かい、準備されていたバースデーケーキを取りに行く。そろそろプロポーズも終えただろうとテーブルの方を見てみると、彼女が楽しそうに指輪をはめた手をかざして眺めていた。
ほら……やっぱり。
幸せそうな女に嫉妬する自分が醜く感じる。あんなに自分のことのようにワクワクしてドキドキしていたはずなのに、結局は他人の幸せを祝福もできない小さな男なんだと気付かされた。
ともだちにシェアしよう!