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梅雨は嫌いだけど……
さあ、そろそろケーキを持って行くかな、と足を進めた途端、なぜか彼女は指輪をはずしテーブルに置いた。 え? と思う間も無く彼女は立ち上がり「無理だから」とひと言冷たく言い放つと、一人で店を出て行ってしまった。
嘘だろ?──
唖然とした顔で一人残されている男。サプライズのケーキには花火の演出。もうすでに火はつけられパチパチと結構派手に俺の手の上で弾けている。
これはもう手遅れ……
今更引っ込めることもできずに、とりあえず彼の元へケーキを運んだ。いや、気まずいったらないよね。何も言わない、ていうか何も言えなくなっちゃってる彼の前に俺は黙ってケーキを置いた。
プロポーズが成功したら、今度は彼女と二人で結婚式をする場所や新婚旅行の行き先も決めよう。結婚するならジューンブライドがいいとも言っていたから、今から式場も押さえて一年後の今頃に式を挙げる事は出来るかな? 忙しくなりそうだけど、彼女のドレス姿とか想像するだけで嬉しくなる……なんて、聞いてもいないのに見ず知らず店員の俺に楽しそうに話していた。
プロポーズなんてさ、相手が絶対オーケーするだろうってわかっててするもんじゃないの? 大抵「そろそろ結婚……」っていうのがチラついて、男の方が意を決してするもんじゃないの? 断られるなんて聞いてないし。
俺は離れたところで様子を見ていた。普通ならそのまま男も帰るだろう。でも一人黙々とケーキを食べていた。見てる俺が泣きそうになってしまう。一人で丁度半分ほど食べ終えると「ご馳走様でした」と小さく呟き、会計を済ませて帰って行った。
俺は早番だったから、もうすぐ仕事をあがる時間だ。フロアの従業員が困った顔で俺のところへ向かってくる。何だろうとその手元を見ると、忘れ物だと言ってプロポーズに彼女に渡した指輪を持っていた。
「それ……俺がお返ししてきます」
打ち合わせからずっと関わってきた俺は彼を放っておくことも出来ず、奪うようにして指輪を取ると急いで着替えを済ませて彼を追った。
外は雨が降っていた──
そういえば梅雨入りしたって昨日の天気予報で言ってたっけ……
俺はこのジメッとした梅雨の空気や雨の匂いが嫌いだった。でも今日ばかりは雨が降っていて良かったと思ったんだ。
気丈に振る舞っていたのは見てわかる。でも店を出て行った彼の足元は幾分ふらついているようにも見え、やっぱり精神的なダメージが酷そうだと心配だった。
案外すぐに彼を見つけることができ、走ってそのあとを追いかけた。何度も声をかけても気がつかないのか、フラフラと歩き続けるから俺は少し苛つきながら彼の肩を掴んで引き止めた。
がくんと力が抜けたようにその場に尻餅をつく彼に驚き、俺は慌てて抱き起こそうと前に回って顔を見た。
雨に濡れた顔……
言わずもがな涙に濡れたその頬と真っ赤な目を見て、俺は咄嗟に笑顔を作る。こんな悲しくてどん底な気分なのに、一緒に悲しい気持ちになって哀れんだってしょうがない。どうってことねえじゃん! って言って元気になって欲しかったんだ。こんな状態、どうってことないわけないけどさ……俺ならこういう時は笑い飛ばして欲しいから。
「どんだけ腑抜けちゃってんの? 大丈夫? いやマジウケるからね。はい、忘れ物だよ」
彼の手を取り、その指先に強引に指輪をねじ込む。お前がいい奴なのは俺は知ってる。なんなら俺が幸せにしてやりたいくらい。元気出して……泣かないで。あんな女、とっとと忘れろ。
そう思いながら、涙が出るのを堪えながら大笑いして指輪を返した。
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