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こんな雨の日は

今夜も毎月恒例の二人での家飲み── 大体月一ペースで京也は俺の家に酒持参で押しかけてくる。見ての通り京也はそんなに酒が強いわけでもないし、俺なんかと飲んでいたって面白くもないだろうに「会いたかった」と言ってはちょっとした酒のツマミなんかも作ってくれる。気のいい世話好きなオバちゃんみたいだ。 こんな雨の夜はどうしたって思い出してしまう。 それでもこいつは俺に気を使うこともなくこうやって傷を抉って楽しんでるんだ。それでも「まじウケる」なんて笑いながら、時折見せる辛そうな表情に俺はいつからか気が付いていた。 京也との衝撃的な出会いから一年。 ずっと昔から親友だったのかと錯覚するほどこいつは居心地が良くてほっとする存在だった。 あんな最悪な出来事があったのに俺がこうやって普通でいられるのも、きっと京也の存在があったからだと思う。 「ねえ、まだそんなにシュンとしちゃうの? いい加減もう忘れなよ」 「いや、無理だろ……」 「そっか? 大したことねえじゃん」 「は? バカかよ、あんなの悲しすぎて死んでるわ」 「でもたくちゃんしっかり生きてるし」 「うん……京也のお陰だな」 毎回こんなやり取りをして笑ってる。 でも冗談抜きで、京也がいなかったらきっと俺は色んな意味で死んでたかもしれない。 「もう女は懲り懲り……」 「それなら俺で手を打てばいいじゃん」 「そこを妥協するのはどうかなぁ」 こんなやり取りもいつもの事── これだって最初は京也の冗談だと思っていた。でもこの台詞を言う時の京也の表情に時折ドキッとさせられる。軽く笑い飛ばしているはずなのに、物言いたげなその視線はずっと重く感じていた。 お互い酔いつぶれて雑魚寝をしてても、何気なく微かに触れるその指先にちゃんと気付いてる。 それでもこの居心地の良さを失いたくなくて、俺は今日も気付かないふりをした。 だって聞けないだろ? その重い視線や決まって触れる指先の本当の意味なんて── 「前髪変……」 「そ? 今日もちゃんとカッコいいよ」 連日の雨に気持ちも滅入る。 ふとした拍子にあの時のことも頭を過る。そしてやや癖毛気味な俺の髪も無駄に元気にうねり始め、更に俺の気持ちを萎えさせた。 「えっと、京也はどこに行きたいんだっけ?」 「うんとね、時計と服買いたいんだよね。ボーナス出たし……」 京也の職場は俺にとっては忌々しい記憶しかないあのレストラン。飲食店ということもあって、勤務時間も夕方からだったり朝からだったりシフトによってまちまちで、休日も俺とは違って平日に取らされることも多い。日曜日の今日は俺は休みだけど京也は遅番で夕方から出勤。出勤までゆっくりしてりゃいいのにこうやって俺を誘ってショッピングに繰り出しているこいつはいつも元気だなって思う。 こんな悪天候にもかかわらず、休日の町には人が溢れている。 こんな日は部屋でのんびりしたいのに、京也に誘われれば悪い気もせず、友人も少ない俺はのこのこと出てきてしまう。 「傘さしてんのにくっついてくんなよな……ほら、もう! ちょっと離れろって、肩濡れるだろ!」 京也と歩く時、こいつは何かと俺にくっついて歩く。普段から距離感が近いのだろう。嫌じゃないから別にいいんだけど、こんな雨降りの日はちょっと困った。 「俺、雨嫌いー」 「だろうね、俺も嫌いだよ」 ならなんでこんな日に出かけるのかと聞けば、俺のためだと言って笑うんだ。 「たくちゃん、こんな雨の日に部屋で一人でいたらまたあの指輪見て泣くんだろ?」 「………… 」 バカにしてるんだか、心配してくれてるんだか、京也はなんてことない風に軽く言うから俺は怒るに怒れなかった。 「いい加減あんな指輪捨てればいいのに……」 「は? 幾らしたと思ってんだよ、勿体無くって捨てれるか」 「えー? そういうもん? あれ呪いの指輪じゃん。値段なんてどうでもいいじゃん、さっさと捨てなよ」 「………… 」 確かに俺にしてみたら高額な指輪だ。勿体ないと言ったものの、本心はやっぱり未練のようなものだったり、感傷に浸るためだったり、自分でもよくわからない嫌なモヤモヤみたいなもののせいでどうしても捨てられないでいた。

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