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第9話:緊迫の中で生まれた決意

 ヴィートと番になったら自分はどうなるのだろう。エドアルドはどれほどの悲しみに襲われることになるだろうか。頭の中で想像しても、まったく映像にならない。それぐらいセイの中で運命以外と番うことは、あり得ないことなのである。  だがヴィートは本気だ。その証拠に、恐ろしい宣告から三日が過ぎようとしているが、セイの外出は一切許されない。それどころか屋敷の入り口には常に見張りが立っているし、車の鍵も奪われてしまった。今は部屋の中で日に三度運ばれる食事を食べるだけの生活になっている。  一度、不意を見て裏口から逃げてみようかと計画してみたが、窓から見える裏門にも常時体格のいい男が目を光らせていて、セイは早々に諦めざるを得なかった。きっと体力や腕力が劣るオメガの自分が思い切って飛び込んだところで、怯ませることすらできないだろう。  しかし、どうすれば屋敷を抜けてエドアルドの下へと行けるのか。未だ打開策が見出せないが、それでも早く逃げなければあと一週間もしないうちにヒートが始まってしまう。  焦る気持ちに溜息が零れる――――そんな時だった。  不意にピピピ、と聞き覚えのある音がセイの耳に届いた。その音が自身のスマートフォンのメール着信音だとすぐに気づいたセイは、重たい気分のまま手を伸ばして端末を操作する。 「え?」  内容を見た瞬間、セイは思わず首を傾げてしまった。  差出人は未登録アドレスのため分からない上、メール本文には『二十二時 裏』とだけしか記されていない。  一体、誰がこんなメールを。頭を捻りつつ、時計を見れば時間は二十一時五十九分を示していた。  あと一分で何かが起こるということだろうか。セイはゆっくりと立ち上がり、裏の文字から連想される唯一の場所である裏口を見に行くため、窓に近づく。と、その直後――――静かな森に囲まれたスコッツォーリ家に、突如二発の銃声が鳴り響いた。 「な、何? 侵入者?」  この屋敷は古いが、セキュリティはしっかりしている。外敵の侵入を許したことは一度だってない。そんな場所で弾けた不釣り合いな銃声音に、屋敷内がざわつく音が室内にいるセイにまで聞こえた。  まさか、これはメールに記された内容に関係するものなのだろうか。すぐに頭の中に浮かんだ予測に、セイは窓から裏口へと視線を遣る。すると予想通り、裏口に立っていた男の姿がなくなっていた。おそらく、銃声の発生源を探しにいったのだろう。  逃げるなら今だ。  セイは音を立てないように窓を開け、縁に足を掛ける。そして躊躇することなく、二階部分の部屋から地面へと向かって飛び降りた。 「っいった……」  ドスンという音と一緒に地に足が着いた時、足裏に強い痛みが走ったがそんなことに構ってなんていられない。いつ見張りの男が戻ってくるか分からない焦りの中、セイは必死に裏口へと駆けて扉を開けた。するとそこには。 「セイっ! よかった、メールに気づいてくれたんだね!」 「イ、イヴァンっ? どうして君がこんなところにっ?」 「今はいいから、早くこっちきて」  車が用意してあるからと腕を引かれて二人で走ると、森の裏道を抜けた先に一台のファミリーカーが置かれていた。  待機していたマーゾが頭を下げて迎えてくれる。 「お待ちしておりました、セイ様」  以前はきっちりとしたダークスーツを纏っていたが、今日のマーゾは休日の父親という格好をしている。車とのバランスも考えて、おそらくこれは見つかった時のカモフラージュだろう。 「こんばんは、マーゾ。いきなりで驚いてるんだけど、これは一体どういう?」 「それはボクから説明するよ。でも、追っ手が来ちゃうかもしれないから、とりあえず車に乗ってくれるかな? ボスが待ってるんだ」 「エドがっ? う、うん、分かったよ」  今回の計画にエドアルドが絡んでいると知ったセイは、迷わず車の後部座席へと乗りこむ。そうして走り出したところで、隣に並んだイヴァンに尋ねた。 「さっきのメールはイヴァンが?」 「そうだよ」 「よく僕のアドレスが分かったね?」  メッセージが送られてきたスマートフォンは個人用のものだったが、そちらのアドレスを知っているのはヴィートやオメガの専門医などの、ごく限られた人間のみ。それ以外の人間が知っているのは、仕事用のアドレスだけ。なのに、どうしてと問うと、イヴァンはややばつの悪そうな表情を浮かべて理由を話した。 「うーん……これ言ったらセイは怒ると思うんだけど、セイがボクたちの家に居た時にスマホを少し……」 「覗いたの? でもロックが掛かってたよね?」 「うん、でもボスが中々セイの個人アドレスが聞けずにいるところを見てたら、何かヤキモキしちゃって……」  だからと十歳の子どもが、スマートフォンのロックを解いてしまったというのだろうか。信じられない事実に、セキュリティを破られた驚きなんて彼方へ飛んでしまった。  だが思い出してみればあの誘拐騒動の時、イヴァンは複雑な監視システムを簡単に操っていた。つまり、最初からこの少年はただの子どもではなかったのだ。 「ごめんね、勝手なことしちゃって……」 「いや、こっちも破られやすいパスワードにしてたのがいけないんだ。それに、イヴァンがロックを解いてくれたおかげで屋敷から抜け出せたんだし」 「そう言って貰えてよかった。ボスがずっと心配してて、セイの様子を探っていたらずっと部屋から出られないようだったから、もしかして外に出ちゃダメって命令されてるのかなって思って」  ずっと身を隠しながら動向を探り、ヴィートが外に出て行く機会を伺っていたのだとイヴァンが説明する。 「イヴァンたちの予測どおりだよ。ちょっとヴィーと喧嘩しちゃって、少しの間外に出るなって言われてたんだ。でも……」 「ボスに会いたかった?」 「…………本当、イヴァンは何でもお見通しだね」 「だってボスもセイも、大好きだもん!」  ストレートに感情を表現するイヴァンの言葉と笑顔に、自然とこちらも笑みが浮かぶ。 「ふふっ、ありがとう。さて……ところで、この車はどこに向かってるの?」 「ボスが待つ場所だよ?」 「エドが……ということは、もしかして僕の別荘?」 「すごいっ! よく場所が分かったね」  エドアルドが待つ、というキーワードだけで目的地を言い当てたセイに、イヴァンが尊敬の眼差しを向ける。だがセイにとってそれは、別に凄いことでも何でもなかった。  まず、危険が伴う可能性が高い行動を起こそうという時に、一番に予想が行く本宅を選ぶマフィアはいない。それにあの別荘は短いながらも二人きりで過ごした場所。逢瀬の待ち合わせ場として選ぶなら、セイ自身もきっとあそこを指定していただろうからすぐに浮かんだのだ。 「じゃあ、行く場所も分かったところで、追っ手が来る前にボスのところに到着したいから飛ばすね!」 「うん」  しっかり掴まっててとの言葉に頷いてアシストグリップを握ると、車はエンジンを吹かせた後、見る間にスピードを上げて山沿いの道を加速しはじめた。  ――――もうすぐエドに会える。  そう思うと自然と胸が熱くなり、逸る気持ちが抑えられなくなる。だが同時に、もう二度と引き戻せない道を全速力で走っている気分にもなった。  しかし、だからといって後悔はない。自分の唯一はエドアルドだともう決めたのだから。  流れの早い景色を見つめていた双眸を閉じてから、一つ深い呼吸をする。そうして次に目を開いた時――――セイの中で新たな決意が生まれた。

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